junge frau geniet den duft von flieder

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【Q】40代独身、彼氏なしです…

私は今年で40才になります。まだ独身で彼氏もいません。
もう15年位彼氏ができません。その間、好きな人は
出来るのですが、友達以上恋人未満で、付き合うという
ところまではいきません。

歳も微妙な年頃なので、付き合うとなると
相手も慎重にならざるをえないのかもしれませんが、
自分としては、もちろん結婚はしたいですけど、
普通に恋愛して、結婚したいです。

今まで全くモテなかった訳ではないのですが、
自分が好きになる人は結婚願望がなかったり、
経済状況が悪く、自分の事だけで
精一杯といった感じの人が何故か多いのです。

今も好きな人はいるのですが、初めは相手から
積極的にアプローチしてきて、私も気になって
好きになったのですが、仕事や引越しなど出会って間も無く
彼の生活状況が苦しくなり、関係もギクシャクし始めました。

何か力になれる事があれば遠慮なく言ってね!
と彼に伝え、出来る範囲でご飯作ったり、
お風呂かしてあげたり、たまには一緒に海に入ったり…
本や寝袋の貸し借りをしたり、タケノコくれたり…

でも微妙に私に対して敬語を使ったり、
約束しても、急な友達の訪問があれば、
そちらを優先されて待たされたり…

出会ってもうすぐ5ヶ月になろうとしてます。
今は彼の生活も安定してきたようですが
今や完全に彼は私に対して恋愛感情はなさそうです。

いっそ、友達と割り切った方が楽だと思いますが、
私はまだ彼を異性として見てしまうので、
友達として付き合うのは辛いです。

このまま連絡取らずに自然消滅させた方が良いのか?
きちんと彼の気持ちを聞いてケジメをつけてから
次の恋愛を探すのが良いのか?

自分でもどうするのがベストなのかわかりません。

自分に魅力が無いのか?
何か潜在的に結婚や彼氏には適さない人を
引き寄せてしまっているのか?

どうしたら自分にしっくりくる
ベストパートナーに出会えるのか?

いつかは出会えると信じているが、時々、
このままずっと1人だったらどうしよう…
と不安になります。

【40代 女性】

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FROM 川畑のぶこ

【A】日本における、40歳を間近に控えた女性の恋愛観・
結婚観というのは、あれこれと先入観がともないがちですね。

洋を隔てれば、単純に「私は40歳で独身です」と
自己紹介がされるところ、ひとたび日本に足を踏み入れたなら、
「私は『もう』40歳で、『まだ』独身です」と
余分なストーリーがつく。実に残念だなあと思います。

さて、人生は時として選択を迫られます。
「あれもこれもぜーんぶ欲しい!」と思うのは自由ですし、
それにチャレンジするのも結構なことだと思います。
チャレンジは心に張り合いをもたらしますし、楽しいものです。

ただし、「あれもこれも、ぜーんぶ欲しい!
もし、それが得られない限り、幸せになれない!」とか
「私の人生台無し!」というような思いがあるのであれば、
そのような考え方を手放すことをおすすめします。

二兎追うものは一兎も得ずではありませんが、
私たちは時として、何かを得るためには
何かを切り捨てなければいけないこともあります。

おすすめする姿勢は、「あれもこれもぜーんぶ欲しい!
だけど、たとえそれが全部なかったとしてもオッケー!」
というものです。しがみつかない姿勢ですね。

「結婚はしたい。でも結婚するなら普通に恋愛してしたい。」
これは、あれもこれもぜんぶ欲しい、
しがみつきの姿勢にあたります。

出会う相手にこだわるのは結構ですが、
その人との「出会い方」にまでこだわる姿勢は、
王子様は白馬にのってやってくるものという
完璧なシナリオを求める、いわゆる
シンデレラコンプレックスに通ずるものがあります。

自らが人生を切り開くのではなく、
外的条件によって人生がつくられると信じる姿勢ですね。

私が幸せになるか否かは、結婚相手次第と、
過度に結婚や相手に依存してしまう状況は、
年齢に関係なく、相手も重たく感じるものです。

逆に、幸せそうに人生を送っている人というのは
年齢に関係なく魅力的なものです。

「40歳」が問題なのではなく、
「イキイキとした魅力的な」40歳なのか、
それとも、「不平不満のくすんだ」40歳なのか
が問われる…ということです。

もちろん、これは20歳であっても、
60歳であっても一緒でしょう。

そして私達はどんなにいっときくすんでいたとしても、
そこから自分をイキイキ魅力的に磨くことはできます。

さらに、「普通に恋愛」に関しては、
ご自身にとって、「普通」とは何かを
明確に定義してみることをおすすめします。

そして、本当にその「普通」がなければ
私は幸せになれないのか。「私なり」の幸せではダメで、
「普通」の幸せでないとダメな理由は何だろうか
を問い直してみてください。

どうでしょう?
明確な理由をあげることはできますか?

その条件がクリアされないと、本当に
ご自身にとって結婚や人生は機能しないのでしょうか?

これも日本人特有かもしれませんが、
「普通病」によって、唯一無二の輝ける個性を蔑にし、
人生を損なってしまう人が多いように思います。

これは実にもったいないことです。

普通とは平均や標準を指すのかと思いますが、
それらは決して「私」「個人」の幸せを
保証するものではありません。

平均的にはトマトよりきゅうり好きが多いから、
私もきゅうり好きになれば幸せになれる
ということではありませんし、

標準的には赤よりも青が好まれるから
私も青を好きになれば幸せになれる
ということではないのと一緒です。

恋愛や結婚も人それぞれ、私には私の恋愛や結婚が
あってよいと受け入れることが大切ではないでしょうか。

早咲きの花もあれば、遅咲きの花もある。
どちらが正しいというのはないのです。

選ぶ相手が、結婚願望がなかったり、
経済状況が悪く、自分の事だけで精一杯
といった感じの人ばかりとのことですが、

問題を抱えていたり、困難な状況にいる人に
惹かれる傾向のある人というのは、
もしかしたら、「必要とされたい」心理がはたらいて、
そのような状況をつくりだしてしまっているかもしれません。

困っている状況にいる相手の力になることによって、
相手から必要とされ、感謝される、そのことで
「私は価値ある存在」と確かめようとする心理です。

これは、裏を返すと
「自分は必要とされない人間なのでは」という
自分への疑いを潜在的に抱いていることを表します。

それを否定するために、自分が価値ある人間であることを
証明する機会をうかがっているわけです。

そのためには、相手は自立している人でなく、
どこか欠けているところがあって、
自分が埋めてあげる余地のある人でなければいけません。

過度に相手から必要とされることで
自分の価値を見出そうとしている人というのは、
健全に自立している人と一緒にいると、
自分の価値が見いだせないので居心地悪く
感じてしまうことすらあります。

自分の問題を解決するためには、
自分に頼ってくれる人でなければいけないのです。

ここに、「普通」の恋愛を求める一方、
困難な状況を引き寄せてしまうという
パラドックスが生じるため、なかなかものごとが
思うように前進しなくなってしまうことが考えられます。

相手が自分を必要としようがしまいが、
ぜひご自身が自分を愛し、必要とする姿勢を
育んでみてください。そして、世の中には
本質的に必要とされない人間などというのは存在しない
ということも思い出してください。

今お付き合いをしている男性に
恋愛感情が見られない場合は、次の恋愛へと
意識を切り替える潔さが必要かもしれませんね。

敬語を使ったり、約束しても、急な友達の訪問を
優先されて待たされることがある…、
少なくとも現時点では、残念ながら、気軽な異性の友達
としては認識されているかもしれませんが、
大切な異性としては期待はできない状況ではないでしょうか。

ご自身は相手を友人とは思えないから
きちんと縁を切ってから次の恋愛へ
意識を切り替えるのが良いのかということに関しては、
ご自身のしっくりくるように、としか言いようがありませんが、

相手に恋愛感情がない以上、自分が友人とは思えないまま、
次の恋愛へ意識を切り替えても構わないのではないでしょうか。

どうか、何が一般的かとか、クリーンなイメージか
ということにとらわれずに、唯一無二の個性を備えた
「私なり」の魅力的な恋愛や結婚を意識されますように。

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【Q】50代でも自分を好きに

いつも断捨離メルマガを拝見しております。
理屈では分かるのですが、なかなか。
自分の思いを手放したいのにどんよりしてしまいます。

今、一番重い気持ちになるのは、他人軸である私。
それなりに友達もいるし、明るいし、活動的なほうですが…
友達が多い人、思いやりのある人、自然と人が集まるような人、
自分軸の人を見るとそれだけですごく引け目を感じ、
憂鬱になります。

比べない、自分を好きになる、許すということは理解して
いるんですがそれがなかなかうまくいかない。

その理由が、自分と深く向きあって、自分の継母との関係
が大きな原因かなと思うようになりました。

母は我が強く、きつく私に当たり、他人と比べ、
愛情はほとんど感じませんでした。
母は、完璧に家事をこなし、洋裁もでき、センスもあり、
家もいつもすばらしく整っていました。

私が小学5年のときに我が家に来た母と、24歳で結婚するまで、
気を遣い、顔色を見ながら暮らし、私がこんなんだから好かれ
ないんだ、自分に落ち度があるんだ、と思って過ごしてきました。

父にはそんなことは言えずに、一人で自分が、もっとさっぱり
とした性格で、しっかりしてる人間になりますようにと
毎日お祈りしていました。

大人になるとそれなりに表面上はうまく付き合っていました。

父が亡くなるときに一緒に在宅介護で看取り、その時初めて
母は私を認めてくれました。
あんたのおかげで最後まで大変なこともあったけど、
介護できたと。。。

父が亡くなってしばらくすると、元の気丈な母に戻り、
80代でリューマチでも離れて一人で暮ししています。

父は亡くなったんだから、もう義理は果たしたから
もういいでしょう、と言われてまた落ち込んだのですが
それでも全部をそのまま受け入れようと思い、
私が今あるのは、お母さんのおかげだ、お母さんのしたいよう
にしてくれていいから、困ったときはいつでも言ってね。
たまにこうやって電話するけどいいかな。と伝えました。

それから電話口の母は楽しそうに話してくれるので、
この状態でいいと思っていましたが
私の今まで、なにかもやもやしているもの、自信がないことや、
必要以上に、人に気に入られないことを恐れること、
自分のせいにしてしまうこと、表面的に頑張って本心に
向きあわないことなど、母との関係が大きいのではないか
と思うようになりました。

小さいときの自分を抱きしめるとか、好きになるとか、
いろいろやってみてもすっきりしません。

こういうことも断捨離で克服できますか?

50代になっても、好きな自分になりたい、
こころを自由にしたいと思いメールしました。
よろしくお願いします。

【50代 女性 自由業 C.C様】

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【A】FROM 川畑のぶこ

人は愛に満たされ、愛に傷つくものですね。
子どもとしての私たちにとって、
母親の愛は生存に関わるものです。

自分はちゃんと愛されているか、愛に値する人間か、
その疑いを晴らす為に、私達は色々な試みをするのだと思います。
また、その確証が得られるまで苦しみは続くのだと思います。

C.Cさんは、あるがままの自分では母は私を認めてくれないし、
愛してくれなかったという思いに縛られてしまって苦しかった
(あるいは今も苦しい)というのが文章から伝わりました。

自分は母のように完璧でないし、しっかりもしていない、
母も私にきつくあたり、他人と比べる、またそもそも
血も繋がっていないなどと言う理由から、
「愛してくれているわけがない」というような思いが
生じたのかもしれませんね。

断捨離とは観念の入れ替えですが、C.Cさんにはぜひ
これらの考え方を入れ替える努力をしていただきたいと思います。

文章を読みながら私がイメージしたのは、C.Cさんと同様に、
あるいはC.Cさん以上に、お母さんもまた

「自分は母失格ではないか?」
「妻失格ではないか?」
「ちゃんと子どもを育てられているか?」
「遜色なく家庭を切り盛りできているか?」

と他者と自分を比較しながら必死になっている姿です。

比較にはご主人の前妻(C.Cさんの生みのお母様)
も含まれているのかもしれません。

お母さんもまた愛を確かめたかったし、自分の価値を疑いながら、
必死にOKな自分になろうと努力しているのではないでしょうか。
だから「全て完璧にやらねばいけない」と頑張っていたのでは
ないでしょうか。

完璧主義の人物というのは、ストレス下に陥ると、他人に対して
優しくなるのは難しいものです。これも、自分軸でなく、世間の
評価を気にする他人軸の傾向です。

そうであれば、お母様はC.Cさんを愛していなかったのではなく、
さまざまなプレッシャーから、健全に愛や優しさを表現するゆとりが
なかったのかもしれません。

本当は我が子に甘えたくても、自分を母として自ら選んだわけではない。
自分と夫との男女の関係で、行きがかり上、自分が母親になった娘に
「迷惑をかけてはいけない」とか「お荷物になってはいけない」
「甘えてはいけない」という思いの方が強いということが考えられます。

それは決してC.Cさんを愛していないからではなく、
お母さんなりの一生懸命な、そして不器用な、愛の表現だと思うのです。
実際は、「母は私が愛して欲しいように愛してくれなかったけれど、
母なりに愛している」のではないでしょうか。

そうであれば、その思いを大切にしながらお母さんと向き合って
みてください。面と向かって伝えることが難しければ、
思いを筆にしたためてみるのも良いかもしれません。

そう、もうすぐ母の日ですからね。

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【Q】なかなか結婚に至らない彼への執着

私は現在、10年以上のお付き合いをしている4つ下の彼がいます。

今まで3度結婚を申し込みをしましたが、決定的な言葉で断られず、
今は出来ない、いずれは・・・と結婚の話を遠ざけられました。

年齢が上がるにつれ、なんとか別の人にと思い、お見合いをしたり
アプローチをしてくださった方と食事にいったりしましたが、
どうしても私の心が彼に執着してしまっていて、
どうしても別れることができないままで今に至っています。

また長い付き合いの中で、彼に何度か浮気をされました。
3年くらい知らずに、私も仲良くしてた彼女が
いましたが、「まさかこの方と?」と思う彼女との
浮気が発覚したこともありました。

その時の彼の私に対する態度や言葉が、
今でもトラウマになってしまって、深い悲しみ、怒り、妬み、
どうしようもない気持ちに苛まれます。
それが何年経っても消えないのです。

今までならその時点で、その人の事が大嫌いになり
顔もみたくなくなり別れていました。

自分でもわからないのですが、
彼の事が好きだからどうしようもない?!

この気持ちに逆らって、好きでもない人と一緒にいるくらいなら
今の自分の気持ちを大切にしようと執着してしまうのです。
これも思い込みかもしれません。

何度も別れを繰り返しましたが、
それでも私は執着して離れられないのです。

一年前に私は病気になった事がきっかけで(まだ通院してます)
彼に「心は待てても、体はもうこれ以上、待ってもらえない
(私は子供がほしく、現在42歳)から出来れば
半年以内に結婚を私とできるか返事をいただけないですか?」
と伝えました。ですが、答えをいただくことはありませんでした。

半年経った時に私から答えをいただくことを考えましたが、
また傷つくのが怖くて、今度はもう先がないと思い込み、
今の穏やかな付き合いを自分から壊すのが怖くて、
もしかしたらよい返事がいただけるのでは?と
希望をもったりしながら今年にはいってしまいました。

そんな時、川畑のぶこさんの本やDVDに先月出合いました。
目からウロコで、日常生活のあらゆる分野で役に立ちました。
私の今の病気との向き合い方も随分かわりました。
川畑のぶこさんの実体験の恋愛の話もとても参考になりました。

今、彼とある些細な喧嘩が原因で
私から自分をみつめなおそうと思い、
わざと彼との距離を1か月ほどおいてます。

今のこの状態は彼だけの責任ではなく、
私にも原因があった。彼だけを大罪人するのは
一時はいいですが、やはり自分の心にあるのでは?

しかし、、
考えた結果、今の彼と別れて、あまり好きでもない人と結婚しても
子供ができなかったら、やっぱりあの時別れないでいればよかった
と後悔するのでは・・・

これだけ考え悩みぬいたあげく、また普通に何事もなかったように
付き合い、同じ繰り返しを今回もしてしまう自分がいるのでは・・・
そんな不健全思考になってしまう自分がいます。
毎日、思考が混合してしまって整理がつかないのです。

川畑のぶこさんの本やDVDで、どのような表現で
健全思考の自分のメッセージを書いていいのか、
私の思考は一体何が原因でこんな状態になっているのか、、
自分をみつめなおすチャンスをいただく
ヒントをいただけたら幸いと存じます。

PS
結婚願望はなく、子供もほしくない女性を除けば、
アラフォーで「自分にも責任がある」と思いながらも、
子供がほしくても結婚ができず年齢だけがあがって、
将来の不安をかかえ希望がみえずウツ状態になっている…
そんな人が沢山いるように思います。

私はウツまでには今のところなってませんが、
同じような悩みをもったアラフォー世代に
メッセージを送っていただけると嬉しく思います。

【42歳女性 桜さん】

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FROM 川畑のぶこ

【A】まず、桜さんに質問です。
現在の彼への思いは、真実の愛からきていますか?

YES?
NO?

即答できましたか?

YES,最悪、結婚しなくてもいいし、子どももできなくてもいい、
それでも私は彼を心から愛している、たとえ何度浮気しても許せる。
そう思えるなら、それはそれでOKではないでしょうか。

他人がなんと言おうと、なんだかんだ自分が幸せであれば、
そんな自分を許容してあげる努力をしてみるとよいと思います。

人生に正解は無いと思いますし、唯一無二の個性ある人生を
大切にされる姿勢を育んであげてください。

それとも答えにつまりますか?

真実の愛というよりは、一人になる不安や寂しさから、
なんとか彼を繋ぎ止めておきたいでしょうか?
やはり、結婚や子どもなどの条件の方が過りますか?

もし、タイムリミットがあることが人生の課題に
盛り込まれている場合は、優先順位を明確にすることは
重要になってくると思います。

人生、ときとして何かを得るためには
何かを手放す覚悟と勇気を必要とします。

結婚したい、子どももほしい、
でも相手は「結婚願望のない今の彼」
でなければダメという、あれもこれも症候群状態は、
(少なくとも現時点においては)不毛です。

まず、愛に流されるのではなく、自分を愛し、
賢く生きる立場をとってみることをおすすめします。

文脈から、私が個人的に感じ取れたものは、
彼への愛は真の愛というよりは、彼を振り向かせるための
チャレンジ状態に刺激があり、多少中毒的な状態に
陥っている可能性があるのではないかということです。

すぐ目の前にあって、届きそうで届かないものというのは
スリリングでときめきをつくり出すものです。時として、
それが得られることで幸福感が得られるような
錯覚をもたらします。

それをいったん得てしまったら、
とたんに ― そう、まるで夢から覚めたように ―
「あの情熱はいったいどこへ行ってしまったのだろう」
なんてケースも多いのです。

また、過去に裏切られた経験があると、
自分が裏切りに値しないことを証明するために、
自分を裏切った彼が改心して、誠意をもって
愛してくれることで、自分は正しいことを
確認したい心理がはたらくこともあります。

これは、本質的に自分が自分の価値を疑っているので、
他人を通して自分の価値をはかってしまっている姿勢です。

親子関係で(特に異性であれば父親との関係で)
過去に何かこなせていない課題があるときに、
その課題を彼氏や結婚相手に重ね合わせて
クリアしようとしてしまうこともあります。

その場合、簡単に課題がこなせそうな相手は選ばず、
親と同等かそれ以上の難易度のチャレンジを
試みてしまいがちです。それをクリアすれば
自分をOKと認められると信じているのです。

安心してください。チャレンジをしようがしまいが、
そのチャレンジに成功しようがしまいが、
桜さんは生まれながらにして愛される存在です。
桜さんは裏切りに値しない存在です。

ご自身をもっともっと大切にしてあげてください。
ご自身を大切にできるようになると、
セルフイメージが高まり、同じように
自分を大切にしてくれる人以外は
受けつけなくなってきます。

幸せはそんな延長線上にあるのではないでしょうか。

そしてもうひとつグッドニュースは、今の彼は確かに
桜さんがいちばん好きな彼かもしませんが、
あくまでも「『今』いちばん好きな彼」であって、
「『今後もずっと』好きな彼」とか
「『一生でいちばん』好きな彼」とは限らないということです。

執着するということは、「今の彼しかいない」とか
「彼なしでは生きていけない」とかと思っていらっしゃること
と思いますが、そうとは限りません。

桜さんは今の彼と出会う前は、彼なしでもちゃんと
生きてこられましたし、出会う前は彼と出会うことは
予想できていなかったはずです。
ある日、何らかのご縁で出会ったのではないでしょうか?

そうであれば、未来にも自分が予想しなかったような、
今よりもっと自分に相応しい彼が現れる可能性だってあるのです。

過去にお見合いしてうまくいかなかったかもしれませんが、
数回の結果が未来の全ての結果にあてはまるわけでもありません。

彼を嫌いになれとは言いません。
好きなまま、さらなる可能性に向けて、
前進されて良いのではないでしょうか。

いつか「あんなときがあったなぁ…」と
懐かしく思う日がくるかもしれませんね。

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