自分の性格・思考

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【Q】川畑先生、こんにちは。
毎回、自分のことを言われているような
気持ちになりながら、
メルマガやYouTubeを拝見しています。

他の方にとっては些細なことかも
しれないのですが、川畑さんが
「些細なことでもかまいません」と
動画で言ってくださったので、
相談させていただきます。

私は59歳、
パートで仕事をしています。

夫と二人暮らしで、子どもたちは
それぞれ家庭を持って独立しています。

子育てが終わってからは
自分の時間も増えたので、
以前から興味のあったことを
いろいろ始めるようになりました。

週に一度のヨガ、
月に2回の友人とのランチ、
時々は、友と旅行にも出かけます。

近くに住む母の様子を見に行ったり、
娘から頼まれれば孫の送り迎えを
したりもしています。

仕事が休みの日も、何かしら
予定が入っていることが多く、
気がつくと一か月先までカレンダーが
埋まっていることも少なくありません。

自分で予定を入れているのですから、
忙しいのは当たり前です。

どれも嫌なことではありません。

むしろ、誘ってもらったり、
予定が入っていたりすると嬉しいですし、
「充実した毎日を送っている」
と思っていました。

ところが最近、
少し疲れを感じるようになりました。

先日、珍しく予定が何もない休日が
あったのですが、
朝から何をする気にもなれず、
ほとんど家で横になって過ごしました。

気づけば何時間も昼寝をしていました。

その日の夜、友人から
「今度の日曜日、ランチどう?」と
LINEが来て、いつものように
「行きたい!」と返事をしたのですが、

送った後になって、
なぜか少し気が重くなりました。

自分で予定を入れているのに、
予定が近づくと「面倒だな」
「家でゆっくりしたいな」と思うことも
増えている気がします。

でも、予定が何もないと、
それはそれで落ち着きません。

「せっかくの休みなのに、
何もしないで終わってしまった」と、
もったいないような気持ちになるのです。

最近は、疲れているのに
予定を減らせない自分は、
少しおかしいのかなと思うように
なりました。

年齢のせいで
体力が落ちてきたからなのか、

それとも、私自身が忙しくしていないと
落ち着かない性格だからなのか、
自分でもよく分かりません。

これからは、もう少しゆっくり
過ごした方がいいのかと思いながらも、

何もしない時間を増やすと、今度は
毎日がつまらなくなってしまいそうで、

それも怖く、
つい予定を入れ過ぎてしまいます。

こんな私を、川畑さんは
どんなふうに思われますか?

時間の使い方について、
アドバイスいただければありがたいです。

【メロンソーダ・50代・女性・パート】

【A】メロンソーダさんのお悩みは、
他人事とは思えない方も多いのでは
ないでしょうか。

私自身、耳の痛くなる部分もありました。

ヨガ、友人とのランチ、旅行、
お母様やお孫さんのことは、どれも

「誰かとつながっていたい」
「役に立ちたい」「人生を楽しみたい」

という、メロンソーダさんの健全な気持ち
から出ているものだと思います。

そのような楽しみが日常に散りばめられて
いることはとても素晴らしいことですね。

ただ、メロンソーダさんは、
それらを省くことで人生の充実度を
下げてしまうのではという不安が
おありなのでしょう。

予定が近づくと
「面倒だな」と思う一方で、
予定が何もないと「もったいない」
「つまらない」と感じてしまうのですね。

私たちは、「予定=充実」「余白=空虚」
という方程式が、いつの間にか
自分の中にできあがっているのかも
しれません。

でも、余白は本当に空虚でしょうか?

メロンソーダさんの課題は、
「予定がない時間」への向き合い方
なのかもしれません。

休日に何時間も昼寝をしてしまったことは、
「時間を無駄にしてもったいない」とか、
「怠慢」のように感じてしまうかも
しれませんが、実際はそうではありません。

むしろ、体が
「もう限界だから、いったん止まって」
という大切なサインです。

体は私たちが思っている以上に正直です。

頭では「充実している」と感じていても、
体が先に疲れを訴えることはよくあります。

心は「YES!」でも体が「NO!」と
言っているときがあるのです。

そのようなときは、
体のメッセージを優先してみてください。

メロンソーダさんも、
ぜひ、次に予定のない日ができたとき、

「何もしない」ことに罪悪感を持つことなく、
あえて何も入れずに過ごしてみてください。

空間の断捨離とおなじように、
余白を楽しむのです。

床の間に1輪の花が活けてあるのを
美しいと感じるのは、
その周りに余白があるからです。

ひとつの経験を十全に輝かせるためには、
それ以外のものを省くことも大切です。

床の間に、たくさんの荷物が置かれている

ーどれもひとつひとつのモノには
それなりの価値がありそうですがー

その中に花一輪が活けてあっても、
その存在は輝きません。

また、どのアイテムも他のモノで
相殺されてしまいます。

人生経験やスケジュールも一緒です。

詰め込みすぎると、どの経験も
曇ったものになってしまうことがあります。

「Vacation=バケーション」というのは
空っぽにするという意味があります。

のんびりしたり、空っぽにしたりすること
にも大きな価値があるのです。

ぜひ、メロンソーダさんの日常にも
のんびりする時間を散りばめてみてください。

その日の終わりに
「もったいなかった」ではなく、
「今日もゆっくりゆとりをもって過ごせた」
と称えてみるのです。

すべての予定を減らす必要はありません。

カレンダーに「何も書かない枠」を、
他の予定と同じように大切な予定として
ひとつだけ先に確保してみる。

ぜひ、そんなところから始めてみてください。

ー川畑のぶこ

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よつばさん(50代・女性・自営業)
のご相談にお答えします。

【Q】私は今も、夫の妹の息子
(=私の甥っ子であり、
子どもたちの従兄弟にあたります)の
結婚式のことが心に引っかかっています。

私たちの子どもだけが招待されず、
他のいとこたちは全員招待されていました。

中には、私たちより普段の関わりが少なく、
遠方に住んでいる親族も含まれていました。

義理の妹からは
「招待客を決めたのは新郎本人だ」
と聞いていますが、
本当にそうだったのかは分かりません。

娘は当時大学生で家を離れていたため、
この出来事に対する印象は
比較的薄いと思います。

一方、息子はこの家で暮らしており、
新郎とは同い年で、小さい頃から
一緒に育つ時間も多く、
私にとっても特別な存在でした。

親族が集まるたびに、私は
いとこたちをまとめて面倒を見ており、
みんな自分の子どものように
可愛く思っていました。

結婚式の後も、私は義母と
半二世帯で同居していたため、
義妹一家は何事もなかったかのように
家へ来ます。

そのたびに心がざわつき、
義妹夫婦への嫌悪感が強くなり、
一時期は無視していたこともあります。

さらに、出席予定者が一人欠席になった際、
「どう?」と私たちに声をかけられたことも
ありました。

最初から招待されなかった私たちへの
その言葉が、今も許せません。

本当は、甥にはこれまでどおり
優しく接したい気持ちがあります。

しかし、義妹だけでなく甥にも裏切られた
ような気持ちになってしまい、私自身も
心を閉ざして頑なになってしまいます。

そんな自分にも苦しさを感じています。

この出来事から10年以上経った今も、
許せない気持ちは消えません。

現在は、義母が認知症となり
施設に入居したため、
義妹一家との接点は減りました。

それでも心のしこりは残ったままで、
頭では「結婚式は本人たちの自由であり、
招待されないこともある」と
理解しようとしても、
感情が追いつきません。

私は、何にこれほど
傷ついているのでしょうか。

また、この出来事をどのように受け止め、
心を整理していけばよいのでしょうか。

【A】よつばさん、10年以上経った今も、
その出来事が心に残り続けているのですね。

それだけ、ご家族や甥御さんを
我が子のように大切に思い、
親身になって関わってこられたからこそ、

「裏切られた」というお気持ちに
なったのだと思います。

ただ、今回のお話を伺っていて私が感じたのは、
よつばさんご自身は結婚式に招待されていた
一方で、息子さんが招待されなかったことを、

「息子が傷つけられた=私が傷つけられた」
と受け止めていらっしゃるのではないか、
ということです。

また、息子さんと甥御さんとの間には、
大人からは見えない関係性や事情があった
可能性もあります。

もちろん、
それが事実かどうかは分かりません。

だからこそ、相手の真意を想像し続けるよりも、
これからは
「私は本当はどうしてほしかったのか」という
ご自身の気持ちを大切にしていただきたいのです。

「寂しかった」
「息子も呼んでもらえたら嬉しかった」

――そんな素直な思いを飲み込まず、
健全な形で伝えられるようになることは、
ご自身を大切にすることにもつながります。

動画では、
なぜこの出来事が長年心に残り続けたのか、
そして自分を大切にしながら人と関わるための
考え方について、
もう少し詳しくお話ししています。

続きはこちらからどうぞ。

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beautiful yellow Sunflower

【Q】61歳、専業主婦です。

2年前に夫が定年退職し、
現在は再雇用で働いています。

子どもたちは独立し、
住宅ローンも終わりました。

年金や退職金についても
ファイナンシャルプランナーに相談し、
「普通に生活する分には心配ありません」
と言っていただいています。

それなのに、
私はお金を使うことができません。

夫から旅行に誘われても、
「今はやめておこう」と断ってしまいます。

服もリサイクルショップで買うことが多く、
新しいものはもう2〜3年買っていません。

壊れかけた家電も、「まだ使える」と思うと
買い替えることができません。

夫からは、「そんなに我慢して、
何のために貯めているんだ」と言われます。

私自身も、その通りだと思います。
でも、お金が減ることが怖いのです。

若い頃は、教育費や住宅ローンのために
節約するのは当たり前でした。

でも今は、
その頃より生活に余裕があるはずなのに
節約することが当たり前になってしまい、

お金を使うことに
罪悪感のようなものまで感じます。

気づけば、「使わないこと」が
目的になっているような気もします。

毎月家計簿をつけていますが、
うまくやりくりできて貯金に回せた時は
とても大きな喜びと安心感を感じます。

でも、このままでは、
せっかく自由な時間ができても
何も楽しめないまま
年を重ねてしまいそうです。

私は、どうしてこんなにも
お金を使うことが怖いのでしょうか。

これから先、お金とどのように
付き合っていけばよいのでしょうか。

【サッチ・60代・専業主婦】

【A】サッチさん、
ご相談ありがとうございます。

長年にわたり、お子さんの教育費を
工面し、住宅ローンを返済し、
ご家族の生活を支えてこられたとのこと、

まずはご自身に
盛大な拍手をしてあげてください!

今ではお子さんも独立し、
ファイナンシャルプランナーからも
「普通に生活する分には心配ありません」
と言われているにもかかわらず、

お金を使うことが怖くて仕方がない。
サッチさんの不安がよく伝わってきました。

まず、私たちには生存本能から
「溜める」傾向があります。

近年、行動経済学の分野からも
「プロスペクト理論(=損失回避)」
という考え方があり、

人は何かを得る喜びよりも、
失う苦痛をおよそ2倍強く感じる
ということが報告されています。

特に定年後は、
「これから大きく収入を増やすことは
難しい」という意識も重なり、

「資産が減ること」が実際以上に
脅威として感じられやすくなることと
思います。

有史以来、人類は足りなくて困った歴史が
大半を占めているわけですし、

遺伝レベルでも私たちは祖先から、
生きる知恵として「蓄えること」を
学んできています。

モノも溜めますし、脂肪も溜めますね。

サッチさんは、遺伝レベルでも、個人レベル
でも、長年家族の生活や人生のために
貯めることを学んできたわけですし、

しっかりと貯蓄することは、
ご家族への愛情表現であり、
責任を果たす行為でもあったのでしょう。

何十年もその生活を続けていれば、
節約できる私には、「忍耐強い私」
「家族を思う良き妻・母」「慎ましい人間」
という自己像が育っていきますから、

それを簡単に手放すのは、
これまでの自分を否定してしまうような
気になるのではないでしょうか。

このように、サッチさんにとって
節約は単なる行動ではなく、
アイデンティティの一部なのかも
しれませんね。

ですので、今の状態は必ずしも
サッチさんの性格や意志の弱さの問題とは
限らないということも知っておいてください。

私たちにとって、アイデンティティーを
覆すのはこのうえなく恐怖ですから。

ただし、お金をご自身のために使うことは、
過去の価値観やアイデンティティーの否定
ではなく、
ステップアップと考えてみてください。

過去の自分と入れ替えるのではなく、
これまでがあったからこそ、
それを土台に次のステップに移行するのです。

過去の自分をきちんと含みつつ、
称えつつ、それを超えて未来に前進します。

心理学者アブラハム・マズローは、
人間の欲求には段階があると考えました。

ピラミッドの土台は、まずは食べること、
住むこと、安全に暮らすことといった
「生存」の欲求を満たすことで、

その土台が整ってはじめて、
人とのつながりや、人生の充実、
自己実現といった、より高次の
心理社会的欲求の充足へ移行していく
という考え方です。

サッチさんは長年、
ご家族の生活を守るために、まさに
生理的欲求の充足や安全欲求の充足など、
「生存」の段階は
ひとまずクリアできているわけです。

本来であれば、ここからは
人生の次の段階なのですが、
心だけがまだ以前のステージに
留まり続けているのかもしれません。

ですので、ここからはぜひ、
階段を上るイメージをしながら、

私はいま、「どう生き延びるか」から
「どう幸せに生きるか」へシフトする
段階を踏んでいるのだ、
ということを思い出してみてください。

これは、「いつかのため」から、
「今日という人生を豊かに味わう」
ことへのシフトでもあります。

単に節約をやめるということではなく、
人生のステージが変わったことに合わせて、
お金の役割もご自身とともに
成長させていくということなのです。

もちろん、ステージを上がってみて
「ちがうな」と思ったら、ステップダウン
して戻ったって良いわけです。

いちどステップアップしてしまったら
二度と取り返しのつかないことになる
わけではありません。

「使わないことが目的になっている
ような気もします」と
サッチさんご自身もお気づきの様子。

本来、お金は人生を豊かにするための
手段であり、私たちの人生の目的は
幸福を体験することです。

健康も、お金も、長生きも、
それ自体が目的ではありません。

それらは、自分らしく人生を味わう
ための土台です。

人生を支える道具が人生そのものに
なってしまうと、本来味わえるはずの
豊かさを失ってしまいます。

ですから、私は「もっとお金を使い
ましょう」とは言いません。

「私は何のために、このお金を貯めて
いるのだろう」と問い直してみてください。

そして、少しずつでいいので、
ご自身のために「お金を使う練習」を
身につけてみてください。

たとえば、壊れかけた家電を買い替えて
便利さをじっくり味わう。

季節に一着新しい服を買って、
旬を纏い、その感覚をじっくり味わう。

旅行の前に、ご主人と一緒に
「いつか行ってみたかった」レストラン
に行ってみて、
二人の時間にお料理を堪能するなどです。

そして、
そのあとに自分に問いかけてください。

「本当に困ったことは起きただろうか。」

「お金を使うと危険だ」という思い込みが
本当に現実なのかを、
小さな体験を通して反証してみてください。

そして、ステップアップした新しい経験
で上書きしてみてください。

家計簿にも新しい項目として、
人生を楽しむためのお金を
加えてみてください。

あらかじめ予算として確保したなら、
楽しむために使わなければいけないお金
というルールで運用します。

節約の記録を、「使ってよかったこと」
や「得られた幸せ」の記録にしてください。

旅行で見た景色。
ご主人と笑った時間。

お金は減ったのではなく、
人生の質へと姿を変えたのです。

私たちは呼吸をするとき、
吸うことだけはできません。

吐くから、また吸うことができます。

血液も流れているからこそ
生命を支えます。

お金も同じように
循環するエネルギーです。

サッチさんの喜びのエネルギーも
お金とともに循環することを
覚えておいてください。

人生の終わりに残すべきは
通帳の残高ではなく、素敵な思い出であり、
それこそが本当の財産ではないでしょうか。

どうかこれからは、お金に
人生を豊かにするためのパートナー
としても働いてもらってください。

ー川畑のぶこ

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ツナ缶さん(14歳・女子・学生)
のご相談にお答えします。

【Q】はじめまして。
現在、中学2年生で、
美術高校を目指しています。

私の悩みは、勉強のモチベーション
を保てないことです。

本当はもっと勉強しなきゃと
思っているのに、ゲームをしたり、
違うことを考えたりしてしまい、
なかなか机に向かえません。

やっと勉強を始めても
すぐに集中力が切れてしまいます。

クラスには勉強ができる子が多く、
周りと比べてしまうと
気持ちが沈んでしまいます。

テスト結果が返ってきた時、
点数の良い子たちが
楽しそうに話しているのを見ると、

「私は点数が低いから、その輪には
入れない」と思ってしまいます。

私は普段から
「どうせ自分はできない」
「私はバカだから」
と思ってしまうことが多く、

その気持ちになると
勉強もやる気がなくなってしまいます。

本当は行きたい美術高校があるので、
このままではいけないと思っています。
だから、自分を変えたいです。

周りと比べず、自分を信じて
勉強に集中できるようになるには、
どうしたら良いでしょうか。

答えていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

【A】ツナ缶さん、
まず私がお伝えしたいのは、

14歳で「美術高校に行きたい」という
夢がはっきり決まっていること、
本当に素敵だなということです。

夢があるからこそ、
「もっと頑張らなきゃ」と焦ってしまうし、
周りのできる人と比べて
落ち込んでしまうのですよね。

でも、人は誰でも比較をするものです。

比較すること自体が悪いのではなく、
その比較が自分を苦しめるものに
なってしまうと、
勉強への意欲まで奪われてしまいます。

ツナ缶さんにぜひ考えてみてほしいのは、
「今比べている相手は、本当に
比べる必要のある相手なのかな?」
ということです。

大切なのは、
クラスで一番になることではなく、
自分が目指している美術高校に合格する
ために、今どんな力を身につければ
いいのかを知ること。

その目標が見えてくると、比べる相手も、
頑張る方向も自然と変わってきます。

また、ゲームや好きなことを
「ダメなもの」と我慢するのではなく、
勉強するためのエネルギーチャージとして
上手に取り入れる方法もあります。

動画では、比較に振り回されずに
勉強へ向かう考え方や、
集中力を高めるための具体的な工夫について、
もう少し詳しくお話ししています。

続きはこちらからどうぞ。

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【Q】川畑先生、こんにちは。

ためになるメルマガを、
いつもありがとうございます。

自分の性格について相談させてください。

少し前に
ぎっくり腰になったことをきっかけに、

「人に頼ることができない私は、
人を信頼できない人なのかもしれない」
と考えるようになりました。

痛みで思うように動けない中でも、
「これくらいならできる」と家事を続け、
仕事も休まずに行っていました。

大学3年生の一人娘がおり、
授業のない日は家にいることも多いので、
家事や買い物などを頼むこともできたはず
なのに、気づけばいつも通り
全部一人でやっていました。

そして、そんな私を見て、娘からは
「お母さん、なんでも一人でやりすぎだよ。
もっと頼ればいいのに」と言われました。

その時は、「そんなことないよ」と
笑って返しましたが、その言葉が
なぜかずっと心に残っています。

今思い返すと、もしかしたら娘は、
そんな時くらい自分に頼って欲しかった
のかも、頼ってもらえないことを
寂しく感じたのかも、
という気もしてきました。

振り返ると、
私は昔から人に頼ることが苦手でした。

仕事でも、家のことでも、
「自分でやった方が早い」と思ってしまい、
つい何でも引き受けてしまいます。

夫はまだ働いており、
娘と3人暮らしですが、家事も
「頼むくらいなら自分でやった方が気が楽」
と思い、結局ほとんど私がやっています。

また、同じ町内で一人暮らしをしている母も
高齢になり、通院の付き添いや買い物なども、
できる限り私が動いています。

職場でも、「悪いから」「忙しそうだから」
と思うと、人にお願いすることができません。

その代わり、自分が少し無理をすればいい、
とこれまでずっと考えてきました。

でも最近、その“少しの無理”が積み重なって
きているのか、疲れが抜けづらく、
休日は何もする気が起きず、
一日寝て終わってしまうこともあります。

夫からも、
「そんなに一人で抱え込まないで、
もっと人に頼ればいいのに」と言われます。

頭ではその通りだと思います。
でも、人にお願いすることに
強い抵抗があります。

迷惑をかけるくらいなら、
自分が頑張ればいい。

そんな考えが、いつの間にか
当たり前になっていました。

一方で、「どうして私ばかりこんなに
頑張っているんだろう」と感じることもあり、
そんな自分にも嫌気が差します。

頼れないのは、
責任感が強いからなのでしょうか。

それとも、人に迷惑をかけてはいけないと
いう思い込みが強すぎるのでしょうか。

はたまた、
人を信頼していないのでしょうか。

50代も半ばになり、
このままでは心も体もこれまでのようには
続かない気がしています。

私はこれから、自分の性格と、周囲の人と、
どんなふうに関わっていけば
よいのでしょうか。

【サリー・50代・会社員】

【A】サリーさん、
いつもメルマガをお読みくださり、
ありがとうございます。

ぎっくり腰をきっかけに、
ご自身の生き方を見つめ直されたのですね。

私たちは体に不調が起きると、
「早く治さなければ」と考えがちですが、

ときに身体は、頭では気づかなかった
人生の大切な課題を
教えてくれることがあります。

私の師であるサイモントン博士は、
病気には痛みや苦しみのみならず、
恩恵といえる側面が必ずあると説きます。

もちろん、病気になってよかった
という意味ではありません。

病気が、無意識のうちに、
そしてときに否定的なかたちで、

それまで満たされてこなかった
大切なニーズを満たそうとする
はたらきがある、という見方です。

サリーさんの場合、ぎっくり腰は
「助けてもらう」「休む」「支えられる」
「人とのつながりを受け取る」という、

これまで後回しにしてきた
大切な真のニーズに
気づかせてくれたのかもしれません。

サリーさんご自身の問いに、
「私はなぜ人に頼れないのだろう」
というものがありますが、

その理由として、私たちは
「頼る」ことを「脆弱さ」や「未熟さ」
と受け止めてしまいがち
ということがあると思います。

サリーさんのように、責任感が強く、
人への配慮ができる人ほど、
この悩みを抱えやすいものです。

そして、
「自分でやった方が早い」
「迷惑をかけるくらいなら私がやればいい」
「忙しそうだから頼むべきでない」

などと、家庭でも職場でも、
そしてお母様のことも、
ご自身が中心となって
支えてこられたのではないでしょうか。

サリーさんのそのような姿勢に
助けられてきた人はたくさんいるはずですし、
そのような献身的な生き方を
否定する必要はないでしょう。

ただ、身体はアタマよりも正直で、
サリーさんもお気づきのように、

その優しさが長年積み重なるうちに、
ご自身の心と体が少しずつ疲弊してきた
可能性は否めません。

今回、身体が
「もうそろそろ荷物を下ろしてもいいよ」
と思いやりあるメッセージを携えて
やってきたように感じます。

「頼ること」は決して
「迷惑をかけること」ではありません。

ここで少し、
立場を入れ替えて考えてみてください。

もし、サリーさんにとって大切なご家族や
ご友人が、腰を痛めて思うように動けなく
なっていたら、サリーさんはどうされますか。

「代わりに買い物に行こうか?」
「何かできることある?」
「今日はゆっくり休んで」

きっと、自然にそんな思いやりある言葉を
かけるのではないでしょうか。

ところがその相手が、
「ありがとう。でも自分でやった方が早いし
迷惑をかけたくないので結構です」と言って、

痛みをこらえながら、
必死に何でも一人でやろうとしていたら、
サリーさんはどんな気持ちになるでしょう。

少し虚しい気持ちや、寂しく悲しい感情が
湧いてくるのではないでしょうか。

私たちにはみな
「相互扶助の精神」が宿っています。

困っている人がいれば「力になりたい」
「役に立ちたい」という気持ちは、
多くの人が自然に持ち備えているものです。

心理学でも、人は
「誰かの役に立てている」
「必要とされている」と感じることで、
幸福感や生きがいが高まることが
わかっています。

アドラー心理学では、
それを「共同体への貢献感」として
人の幸福の大切な要素と考えていますし、

近年の自己決定理論でも、
「誰かの役に立てた」という有能感や
人とのつながりを感じることが、
心の健康につながることが示されています。

つまり、「頼る」ことは一方的に迷惑を
かけることではないということです。

それどころか、相手に
「役に立てる喜び」や「貢献する機会」
を贈る、大切な行為でもあるのです。

娘さんが
「お母さん、もっと頼ればいいのに」
とおっしゃったのも、
「私もお母さんの力になりたい」という
気持ちが込められていたのかもしれません。

「頼られたい」「大切な人の役に立ちたい」
と願う人は、私たちが思っている以上に
多いものです。

そして、もう一つ大切な視点として、
人は、頼られたり期待されたりすることで
成長することがあります。

娘さんは、お母さんを手伝うことで
生活力が育ち、ご主人も、家庭を支える
実感を持つことができることと思います。

職場で、仕事を任されることで経験を積み、
自信を深めていくのと一緒ですね。

全部自分で抱え込むことは、一見すると
周囲への思いやりのように見えますが、

ときには相手が成長する機会や、
誰かの役に立つ喜びまで奪い取って
しまうことにもなりかねません。

これまでの人に頼らないサリーさんの
自立心あふれる信念は、
当時のご自身を守るためには
必要な知恵だったことと思います。

でもいま、その知恵の旬は過ぎて、
新たな価値観に入れ替える時期が
訪れたのかもしれません。

価値観の断捨離ですね。

もちろん、何でも人任せにしましょう
という話ではありません。

ほんの小さなことから…たとえば、

「牛乳だけお願い」
「洗濯物を取り込んでくれる?」
「今日は食器洗いをお願いできる?」

のような、小さな依頼をすることから
第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

そして、頼んだ後は100点を求めず、
「ありがとう」で終えてみてください。

頼ることが苦手な人ほど、
「やっぱり私がやった方が早かった」
と採点を始めてしまいがちです。

でも、人はそれぞれやり方が違います。

80点でもいいし、ときには60点でもいい。

そんな柔軟さもまた、
「人を信頼する」うえで
大事な学びのプロセスです。

病気は、そんなこだわりを捨てて
柔軟さを得るために、私たちの人生がかける
「強制終了ボタン」のようなもの
かもしれません。

人生は、
「いかに一人で頑張り続けられるか?」
の競争ではありません。

支える日があれば、支えられる日もある。

サリーさんはこれまで
たくさんの人を支えてこられましたので、

これからの人生では
「支える力」と同じくらい、
「支えられる力」も育ててみてください。

その循環の中で、人はつながりを感じ、
生かされ、生きる意味を育んでいくのだと
思います。

サリーさんがこれまで誰かを助けることに
喜びを感じてきたように、今度は周囲が、
サリーさんを助ける喜びを味わわせて
あげてください。

それもまた、相手への信頼であり、
思いやりなのです。

ー川畑のぶこ

★川畑のぶこと行く!
 沖永良部島4日間リトリート
 ー空と海の瞑想の旅

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ミドさん(50代・女性・会社員)
のご相談にお答えします。

【Q】川畑先生、こんにちは。
いつもYouTubeで
学ばせていただいています。

自分でもうまく説明できない不安
について相談させてください。

私は56歳の会社員です。
同い年の夫も会社員で、子どもは
社会人になり独立しています。

ありがたいことに、
今すぐ生活に困るような状況では
ありません。

住宅ローンもあと数年で終わりますし、
夫婦とも大きな病気もなく働けています。

それなのに、ここ数年、
老後のことを考えると
不安でたまらなくなります。

年金は足りるのだろうか、
病気になったらどうしよう、
親の介護が長引いたらどうなるのだろう、
一人になったら
どう生きていけばいいのだろう。

そんなことばかり考えてしまいます。

特に夜になると不安が強くなり、
スマホで老後資金や介護、
年金の記事を読み漁ったり
動画をいくつも見たりしてしまいます。

そして余計に不安になるという
悪循環です。

夫は「そんな先のことを心配しても
仕方ない」と言いますが、
私はそう簡単には割り切れません。

客観的に見れば、もっと大変な状況
の方もたくさんいると思います。
それでも、不安が消えないのです。

子どもの頃から心配性だったのは
事実です。若い頃、それで
苦悩したこともあります。

最近では、自分が本当に怖いのは
お金なのか、老いることなのか、
孤独なのか、
よく分からなくなってきました。

先のことばかり考えてしまい、
今を楽しめていない自分にも
焦りを感じます。

これから先の人生を
もう少し安心して生きるためには、
どんな考え方をしたらよいのでしょうか。

【A】ミドさん、
ご相談ありがとうございます。

住宅ローンもあと数年で完済予定。
ご夫婦ともに大きな病気もなく、
お子さんも独立されている。

客観的に見れば、老後への備え
は決して悪くない状況なのに、

「年金は足りるだろうか」
「介護が必要になったらどうしよう」
「ひとりになったら
 どう生きていけばいいのだろう」

そんな不安が次々と
湧いてきてしまうとのこと。

夜になるとスマホで老後資金や介護、
年金について調べ続け、かえって
不安が大きくなってしまう――。

同世代の方の中にも、
共感される方は
多いのではないでしょうか。

実は、不安そのものは決して
悪いものではありません。

私たちが生きていくために必要な
「備える力」でもあります。

ただ、その不安が暴走してしまうと、
まだ起きていない未来ばかりを心配し、
今この瞬間の安心や喜びを
見失ってしまうことがあります。

今回の動画では、

「備え」と「心配」の違い、
そして不確実な未来とどう付き合って
いけばよいのかについてお話ししています。

人生から不安をなくすことはできません。

けれど、不安を抱えながらも
安心して生きる力は
育てることができます。

老後への漠然とした不安に
心が占領されてしまう方は、
ぜひ参考になさってください。
 
 

続きはビデオでお話ししています……

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【Q】はじめまして。
いつも興味深く拝読しています。

19歳の長男と中学3年生の次男を
育てています。

私は昔から不器用で、要領の悪い人間です。

優秀な両親や兄弟に囲まれて育ち、
「自分は人の何倍も努力しないと
欲しいものは手に入らない」と
早くから感じていました。

そのため、人の何倍も努力してきました。
そして独身時代は、自分の願う幸せを
手に入れることができました。

結婚後は、夫婦関係も子育ても
思い描いていた通りではありませんでしたが、
その都度「今までのように精一杯やれば、
結果がついてくる」と自分を鼓舞し、
19年間頑張ってきました。

夫は自分が一番大切。
稼ぐこと以外には関心がなく、
子育て家事に非協力的です。

子どもたちは幼い頃には発達特性も
ありましたが、少しでも良い環境をと思い、
小学校から私立に通わせ、
お金も時間も全部子どもに使ってきました。

ところが、勉強はできると思っていた長男
は大学受験で全落ちし浪人。

次男に至っては、幼い頃から運動、勉強、
何をやらせてもできない上、
すぐ諦め努力すらしません。

友人にいじめられ、バカにされたり、
酷い成績表、提出物も出さない、
部活の試合での活躍しない姿と、
見たくないものばかりを目にする日々です。

長男の受験失敗。一向に変わらず、
ますます酷くなる次男の姿。

常に、周りの順調そうな人が
羨ましいと思ってしまう自分、、、。

何もしない主人からは、
私が与えすぎた結果だと言われ、
私の19年間が改めて否定され
大きなバツをもらったように感じています。

子ども達のためを思って、
頑張っても頑張っても上手くいかず、
どうすればよいのか分かりません。

頑張りすぎる自分が肩の力を抜いて
子育てしたら良かったのか。

周りの方に迷惑をかけず、
必要な時に努力をし、
人並みに物事ができる子に育って欲しい
という、子ども達への期待を
断捨離すればいいのでしょうか。

アドバイスをいただければ幸いです。

【おぎちゃん・40代・パート主婦】

【A】おぎちゃんさん、こんにちは。
ご相談ありがとうございます。

19年間、ご自身の時間もエネルギーも
お金も、できる限りのものを
家族に注いでこられたのですね。

それにもかかわらず、
長男さんの受験のつまずき、
次男さんへの心配、
ご主人からの
「与えすぎた結果だ」という言葉。

まるでこれまでの努力のすべてに
「不合格」の判を押されたような気持ち
になってしまうのも無理はありません。

まず、おぎちゃんさんの19年間は
決して失敗ではありませんし、
誰もその歳月を否定することなど
できません。

文面から伝わってくるのは、
頑張りが足りなかった母親の姿ではなく、
精一杯愛し、精一杯支えてきた母親の姿
でしかありません。

まずはどうか、そのことを
ご自身でも認めてあげてくださいね。

おぎちゃんさんは幼い頃から、
「私は人の何倍も努力しないと欲しい
ものは手に入らない」という信念を
持って生きてこられたのですね。

そして実際に、その信念は
おぎちゃんさんの人生の多くの面で
機能していたことと思います。

努力して結果を出し、
努力して道を切り開き、
努力して幸せを手に入れてきた。

だから困難に直面するたびに、
「もっと頑張れば何とかなる」
と自分を奮い立たせてきた。

これはおぎちゃんさんの
大きな強みだと思います。

ところが、
人生には努力で変えられるものと、
変えられないものがあります。

自分の行動や選択は変えられます。

けれど、夫の性格、子どもの気質、
子どものやる気、受験の結果、他人の評価、
これらはおぎちゃんさんや他人が
完全にはコントロールできないものです。

子育てや夫婦関係は、
自分以外の人間と向き合う営みです。

そこでは、独身時代に成功をもたらして
くれた「努力すれば結果が出る」という
法則が、そのまま通用するとは限りません。

おぎちゃんさんが苦しんでいるのは、
子どもたちそのものではなく、

「こう育ってほしかった」という
おぎちゃんさんの抱く理想とのギャップ
でしょう。

本当は、勉強を頑張り、
友人とうまく付き合い、努力を惜しまず、
部活でも活躍し、人並みにきちんと
できる子に育ってほしかった。

もちろん、それは親として自然な願いです。

ただ、現実の子どもたちは
その理想とは違う姿を見せています。

すると私たちは、
子どもの存在そのものではなく、
理想と現実の落差に苦しみ始めます。

では、次男さんは
本当に努力していないのでしょうか。

次男さんは、発達特性があり、
勉強も苦手で、運動も苦手で、
友人関係でも傷つき、

幼い頃から成功体験より失敗体験のほう
が多かったのかもしれません。

そのような子が、
「努力しない子」に見えることがあります。

けれども実際には、
彼はそれらに耐えてきています。

また、「努力してもどうせうまくいかない」
という感覚を学んでしまっている可能性
もあります。

心理学ではこれを
「学習性無力感」と呼びます。

決して、怠けているのではなく、
挑戦する前から傷つくことを
恐れている状態です。

もしそうであれば、
必要なのは叱咤激励ではなく、
次男さんの「できたこと」に
光を当てる関わりかもしれません。

また、実はおぎちゃんさん自身もいま、
次男さんと同じように無気力な状態に
近づいているのかもしれません。

これだけ頑張った。
できることは全部やった。
お金も時間もかけた。
それなのに結果が出ない。

すると、「私のやってきたことは
間違いだったのではないか」、
「何をやっても無駄なのだ」という
気持ちになります。

でも、本当にそうでしょうか。

私たちは知らず知らずのうちに、
子どもを自分の作品のように
捉えてしまうことがあります。

良い学校に入った。
成績が良い。
活躍している。

そうすると、
「子育て成功!」と感じる。

反対にそうでなければ、
「失敗」と感じてしまう。

けれども、
子育ては作品づくりではありません。

親が作るものではなく、
子ども自身が生きる人生です。

親の役割は、理想通りの人間に仕上げる
ことではなく、その子がその子らしく
育つための土壌になることです。

そしておぎちゃんさんは、
その土壌づくりに十分すぎるほど
力を尽くしてこられました。

おぎちゃんさんのご相談の最後に、
「期待を断捨離すればいいのでしょうか」
とありましたね。

私は、そのような姿勢は
とても大切だと思います。

ただし、期待を断捨離するというのは、
子どもを諦めることではありません。

「あきらめる」とは本来、
「明らかに見極める」という意味です。

つまり、
「この子はこういう特性を持っている子
 なんだな」
「今はこういう状態なんだな」と、

理想のフィルターを外して
ありのままを受け入れることです。

もちろん、無理に親の希望を手放す
必要はありません。

ただ、「幸せになるためには
こうでなければならない」という
条件付きの期待は手放してみてください。

良い大学に行くことが幸せとは限りません。

部活で活躍することが幸せとも限りません。

人より遅く咲く花もあります。

学校では評価されなくても、
社会に出てから才能を発揮する人もいます。

人生は案外、親の思い描く
シナリオ通りには進まないものです。

今、おぎちゃんさんに必要なのは、
子どもたちの人生と自分の人生との間に
課題の分離をして、
健全な境界線を引くことかもしれません。

長男さんの浪人も、次男さんの提出物も、
最終的には彼ら自身の課題です。

もちろん親として支えることはできます。

でも、代わりに生きることはできません。

彼らが失敗から学び、痛みを経験し、
自分で立ち上がる力を育む機会を
奪わないことも大切です。

そして何より、これまで
家族に向けていた膨大なエネルギーを、
少しご自身に戻してあげてください。

おぎちゃんさんは、
「肩の力を抜いて子育てしたら
良かったのか」とおっしゃいました。

そうではなく、
「これから肩の力を抜けばいい」
のだと思います。

今まで十分頑張ったのですから。

子どもは、お母さんが
いつも心配そうにしている姿より、
お母さん自身が人生を楽しんでいる姿
から多くを学びます。

「私の人生もなかなか悪くないな」

ぜひ、そう思える時間を
増やしてみてください。

今度は、お母さんがご自身の幸せに
チャレンジする番です。

お子さんたちは、おぎちゃんさんが
思うほど失敗作ではありません。

そして、おぎちゃんさんの19年間も
決して失敗ではありません。

これからの課題は、
「どうやったら子どもを変えられるか」
ではなく、
「今のこの子をどれだけ信頼できるか」

そして、
「私自身の人生をどれだけ大切にできるか」
だと思います。

信頼は執着の解毒剤です。

子育ての後半戦は、
子どもを育てる時期であると同時に
親自身がコントロールや執着を手放し、
信頼を学ぶ時期でもあります。

おぎちゃんさんは、もう十分に頑張って
こられましたから、これからは、
「もっと頑張る」よりも「少し力を抜く」
を自分に許してあげてくださいね。

ー川畑のぶこ

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もや美さん(50代・女性・パート)
のご相談にお答えします。

【Q】53歳です。
夫と二人暮らしで、子どもは
社会人として独立しています。

最近、SNSを見るたびに
気持ちが沈んでしまい、
悩んでいます。

同年代の友人や知人が、
旅行に行ったり、
夫婦で仲良く過ごしていたり、
子どもが活躍していたりと、
 
楽しそうな様子を
投稿しているのを見ると、
素直に「いいな」と思う反面、
自分の生活と比べてしまい、
なんとも言えない気持ちになります。

私は別に不幸というわけではなく、
日々それなりに
穏やかに暮らしていると思います。

でも、SNSで他の人の生活を見ると、
「私の人生はこのままでいいのだろうか」
「何か足りないのではないか」
と感じてしまいます。

本当は見なければいいと
分かっているのに、つい開いてしまい、
見たあとに落ち込む、
ということを繰り返しています。

若い頃ならまだしも、
この年齢になっても
他人と比べてしまう自分が情けなく、
そんな自分にさらに落ち込んで
しまうこともあります。

人と比べずに、自分の人生を
大切にしたいと思っているのに、
それがなかなかできません。

時間が空けば手が
自然にスマホに伸び、
SNSを開いてしまう習い性も、

幼稚だなと思う一方で、
それをやめる勇気は
今の私にはありません。

依存まではいっていないと
思いたいですが、
これは依存のレベルでしょうか?
自分軸が、ないのでしょうか?

【A】SNSを見るたびに、
なんとなく気持ちが沈んでしまう。

本当は見なければいいと
分かっているのに、
つい開いてしまって、
見たあとにまた落ち込む……
という、もや美さん。

日々それなりに穏やかに暮らしている。
決して不幸ではない。

でも、同年代の人たちの
楽しそうな投稿を見ると、
「私はこのままでいいのかな」と、
どこか満たされない気持ちに
なってしまうのですね。

そして、そんなふうに
人と比べてしまう自分を、
情けなく感じてしまう…。

これ、実はとても多くの方に
起きていることなんですね。

まずお伝えしたいのは、
これはいわゆる“依存”というよりも、
物事の受け止め方のクセが
影響しているケースが多い、
ということです。

SNSというのは、どうしても
その人の「見せたい一部」が
切り取られた世界です。

そして私たちもまた、無意識に
「いいな」と思う部分ばかりを
拾って見てしまう。

その状態で比べてしまえば、
気持ちが落ちてしまうのは
ある意味自然なことなんです。

なので、大切なのは、
比較をやめようとすることよりも、
「どう見ているか」に気づいていくこと。

そして、自分がすでに持っている
ものにも、少しずつ目を向けて
あげることです。

もし同じように、SNSを見て
気持ちが揺れてしまう方がいらしたら、
今回のお話は
参考にしていただけると思います。

続きはビデオでお話ししています……

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【Q】後悔癖に苦しんでいます。

内容は大小様々ですが、
例えば入手困難な品物が
タッチの差で売り切れた時には、

437日間、寝ても覚めても祈り続け、
数倍の値段ではありましたが、
執念で(!?)手に入れることができました。

それでも、あの時ああしていれば、
苦しまずに済んだ…等の後悔が消えません。

また、人に気を遣い無理をしたことで、
怪我をしたり、病気になったりして、
その後遺症があります。

それは悔やんでも悔やみ切れず、
毎日、自分を責めてしまいます。

思考は現実化する、と聞きますが、
上手く行ったことはスーッと流れ、
失敗と感じることに、必要以上にとらわれる。

だから、そう感じることばかり起こるのでしょうか?

本音を無視した時に強い後悔が出やすいので、
気を付けてはいるのですが、
いろいろ学んでも、なかなか改善しません。

本当に苦しくて、心身共に疲弊するので、
何とかこの癖を手放し楽になりたいのですが、
この沼から抜け出せず、毎日何らかの後悔を
創り出しては苛まれています。

川畑先生、どう考えたら良いのか、
アドバイスをお願い致しますm(_ _)m

【kayon・40代・女性】

【A】胸の内を率直に言葉にしてくださって
ありがとうございます。

読みながら、これはkayonさんの性格の癖
というよりは、心が生き延びるために
身につけた必死の働き=生存戦略なのだな
と感じました。

二度と同じ痛みを繰り返さないために、
脳が必死に検証を続けている状態ですね。

脳の役割は「幸せになること」の前に、
危険を回避し、「生き延びること」を優先します。

kayonさんの脳は、
「もう二度と、あんな苦しみを味わわせたくない」
という一心で、過去を何度も何度も
再生しているのですね。

つまりこれは必ずしも欠点とは言い切れません。
守りの力が過剰に働いてしまっているのだな、
と、まずはご自身の防衛機構を
受け入れてあげてください。

「思考は現実化する」ということに関して、
失敗と感じることに必要以上にとらわれるから、
そう感じることばかり起こるのでしょうか
ということに関しては、少し誤解があるようです。

実際に起きているのは、
現実が悪い方向に引き寄せられているのではなく、
脳のスポットライトが
「失敗に固定されている」という現象です。

たとえば暗い部屋で、
懐中電灯を「後悔」に向け続けていると、
部屋全体が「後悔で満ちている」ように錯覚します。

でも、光を向けていない場所には、
回避できた失敗や、守れたもの、
また、ちゃんと踏みとどまれた瞬間が、
確実に存在しています。

決して、起きている現実が偏っているのではなく、
見えている現実が偏っているのですね。

本音を無視すると後悔が強くなると
kayonさんが気づいていらっしゃる点に関しては、
その理由として、本音を無視した時に、
心の奥では「私は自分自身を裏切った」
という感覚が残ることによると考えられます。

怪我や病気は、後悔の原因ではなく、
結果であることが多いでしょう。

脳は、
「体を壊した=判断が致命的に間違っていた」
と認定し、延々と反省会を終わらせなくするのです。

このような状況から抜け出すにあたって、
まずkayonさんに気をつけていただきたいことは、

後悔をなくそうとしたり、
ポジティブに考えようとしたり、
また、「学んでいるのに改善しない」と
自分を責めることをやめることです。

これらはすべて、後悔癖を
「敵」にしてしまうアプローチです。

代わりにやってみてほしいこととして、
後悔が出たら「止めない」で、
その瞬間、こう言ってみてください。

「あ、今『私を守ろうとする脳』が働いているな」
と。

それ以上は深追いしなくて大丈夫です。
正解を出さず、ラベリングだけで十分です。

そして、問いを
「どうすれば後悔しなかったか?」ではなく、
「あの時の私は、何を守ろうとしていた?」
というふうに変えてみてください。

そして、この問いには、
自分を責める回路ではなく、
理解する回路を起動させます。

「後悔=サイン」と捉え、後悔が強いときは、
「今の私に必要なのは、自責でなく、労わりだ」
ということを思い出してください。

後悔を消そうとする代わりに、
肩や胸に手を当てて
「よくここまで生きてきたね」と声をかけたり、
お気に入りの温かい飲み物を飲むなどして
まずは体へのケアをしてください。

そして、kayonさんの後悔は、
「真剣に生きてきた人」
「自分にも他人にも責任を持とうとしてきた人」
の証しであることを思い出してください。

後悔の沼は力ずくで抜けようとすると、
かえって沈んでしまいます。

まず、力を抜いてひと呼吸。

そして、
「あ、また守ろうとしてくれてるんだね」と
一歩引いて眺めてみます。

すると、自然と足場が見えてくることと思います。

焦らずに、愛ある好奇心をもって
ご自身と向き合ってみてください。

ー川畑のぶこ

       
        
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ユキさん(50代・女性)のご相談にお答えします。

【Q】私の悩みは、自分らしい時間の
過ごし方がわからないことです。

休日を後悔なく過ごすことに深刻に
なり過ぎて、楽しい計画も楽しめない、
片付け仕事のようになってしまいます。

自分探しに、
かれこれ1年半ほど悶々としています。

これまで夫婦共働きで、自分の時間とか
自分の人生などと考える暇もなく、
仕事に邁進してきました。

子ども達が独立した1年前くらいから、
全く似た環境の、非常に仕事のできる
同僚が、大きな仕事をスマートに片付け
ながら、海外出張も難なくこなしていたり、
プライベートでも海外旅行を楽しむなど、

私がこれまで到底できない、と我慢したり、
夢にも思わなかった楽しみ方を実現している
のを見て、仕事上の劣等感に輪をかけて、
嫉妬のような思いを抱き、苦しんでいます。

私自身、仕事の面では、ここ何年も
私からすると大きな事業を任されて、
かなり頑張ってきましたし、
やりがいもありますが、

年齢的にも自分の身体を休めたり、
趣味も楽しみたい、という意識に
変わってきたところなのです。

しかし、いざ自分を癒そう、楽しもうと
すると、何をすると自分が満足するのか
わからなくなってしまいました。

学生時代は海外留学に憧れ、
語学に力を入れましたが、
いざとなると海外へ出ていく勇気がなく、

また、航空会社の入社試験も
願書を出しながら面接に行かない、
というようなこともありました。

いざとなると弱気になり、願いを諦め、
妥協した人生の中で、子育てや仕事と
いうのは私にとって、そこを見ないで
済む大きな事業だったのです。

そして、そこから少し手が離れたときに、
この同僚が現れました。

彼女は、民間企業の厳しい現場や
海外で働いた経験もあるなど、
自分とは経験値や仕事観のまったく異なる
ところで活躍し、更には、自分の時間を
うまく使って楽しむこともしている、、、

その姿を見ると、良い刺激を通り越して、
私が自分の人生のオーナーシップを
持っていない、そんな感覚に陥るのです。

海外旅行を久しぶりに実現しても、
彼女の足跡を辿っているようで、
惨めで楽しみきれず、

でも数日間の休みができると、
もう2度とチャンスはないかもしれない、
親が倒れないうちに、自分が元気なうちに
海外旅行を、というような、
呪いのような思いが湧いてきます。

また、何もせずにこの休みを過ごしたとき、
後から彼女がまたうまく海外旅行など
大きな楽しみ方をしたことを知ったなら、
私は嫉妬で耐えられない、

そんな思いから、海外旅行のサイトを
見たりしていますが、もう30年も
ひとりで旅をすることなどしていないので、
思いきることも難しいのです。

そうこうしているうちに、その休みに
他から誘いが入り、それに応えると、
自分の信念を曲げた生き方を
またやってしまうようで、
決断できないでいます。

いったい私はどうしたいのか、
それはどうしたらわかるのか?

お金も時間も余裕ができたからこその
贅沢な悩みとわかっていますが、
ひとつひとつの決断が自分の妥協人生を
表現しているようで苦しいのです。

アドバイスをお願いします。

【A】「休日を後悔なく過ごさなきゃ」
と力みすぎて、楽しいはずの計画が
“やるべきタスク”になってしまう——。

ユキさんの悩みは、怠けでも贅沢でもなく、
人生の後半をどう生きたいかに
誠実に向き合っているからこそ出てくる、
大切な問いです。

まずは、ここまで仕事や子育てを
やり切ってきたご自身を、
しっかり労ってあげてください。

お話の中で浮かび上がってくるのは、
同僚の海外旅行などの行動そのものよりも

「こうあるべき」
「こう楽しめていない私はダメなのでは」
という思いに、知らず知らず
縛られてしまっている苦しさです。

人生の前半に思い描いていた理想や
周囲から刷り込まれた価値観が、
今の自分に本当に合っているのか──

そこを見直す時期に
来ているのかもしれません。

本当に満たされる休日は、
派手でなくてもいい。

家でのんびり過ごすこと、
近場で小さな楽しみを味わうこと、
想像の世界で旅をすること、、、

だったりするかもしれません。

人によって「豊かさの形」は違います。

ユキさんがこれまで
「選んでこなかった」ことには、
ちゃんと理由があります。

心の底が同意しないものを、
人は無理に選べないのです。

だから「それでよかった」と
認めてあげることが、
次の一歩につながっていきます。

ぜひ続きはビデオをご覧くださいね……

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