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【Q】川畑先生こんにちは。
実母84歳について相談させてください。

今年3月末に父を認知症の末に亡くし、
父の葬儀5日後に
今度は母が脳梗塞で倒れました。

病気の治療とリハビリのため
1ヵ月半ほど入院した後、退院しました。

半側空間無視という後遺症が残りましたが、
家で過ごすことはできるように
なってきています。

ただ、後遺症の1つになるのか、
不安障害が強く、
今少しずつできていることよりも
起きていないことへの不安が過度で、
どうしても苛立ってしまいます。

私の弟は母と同居していて、
父が亡くなった後、
本当によく面倒をみています。

私は職業柄、病院の付き添いや
医師からの説明をわかりやすく
母に説明することや、
介護申請を含めたいろいろな段取りは
私の役割として勤めていますが、

感謝をしているという言葉を口にする
ものの、常に顔を歪め、不安を象徴する
ような眉間に深く刻まれた皺を見ると、
どうしても関わりを最小限にしたいと
思う自分がいます。

その理由は、父が亡くなる際に、
母がどうしても家で看取りたくないという
独特な思想を持っていて、

それに対して
とても強い違和感を持ちながら、
葛藤しながらも奔走し、

父の介護サービスの手続きも
全て私がやっていたからです。

結果的には、母の思い通りに、
家で看取ることなく
救急車の中での最期でした。

その出来事がどうしても引っ掛かり、
許せずにいます。

短い期間で起きた親問題に翻弄された私に、
アドバイスをいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い致します。

【キャリコ・50代・看護師】

【A】お父様を亡くされた悲しみも
癒えないうちに、お母さまが脳梗塞で倒れ、

入院やリハビリ、介護保険の申請、
医療機関とのやり取りなど、
本当に目まぐるしい日々を
過ごしてこられたのですね。

しかも、看護師というお立場から、
ご家族の中では自然と
「説明役」「調整役」「問題解決役」を
担われてきたことと思います。

キャリコさんが、今感じていらっしゃる
お母様への苛立ちは、
思いやりが足りないからではなく、

むしろ、それだけ責任感をもって
懸命に家族を支え続けてきたからこその
心の反応だと思います。

ご相談から、
「母を許せない娘」ではなく、
「父の最期まで誠実に向き合おうとした娘」
の姿を感じました。

キャリコさんにとっては、
お母様の不安そのものよりも、
お父様の最期についてのわだかまりによって
お母様を許せない気持ちが強いのですね。

「家では看取りたくない」というお母様の
気持ちに、キャリコさんは強い違和感を
覚えながらも、自分の気持ちには蓋をして、
お母様の希望を尊重したのですね。

そして結果として、お父様は救急車の中で
最期を迎えられた出来事が、
キャリコさんの心の中で

「あれで本当に良かったのだろうか。」
「もっと違う形があったのではないか。」

と、未だに十分に整理されていないのが
感じられます。

そんな思いが残っているからこそ、
今、お母様の不安げな表情や悲観的な言葉に
触れるたび、当時の葛藤が呼び起こされて
しまうことと思います。

私たちは、解決できていない悲しみや怒りを
抱えていると、その感情のきっかけとなった
相手の言動に敏感になります。

おそらく、
今キャリコさんが反応しているのも、

現在のお母様だけではなく、
ご自身の未解決な気持ちを呼び起こす
「あのときの母」に強く反応していることと
思います。

ただ、ここでキャリコさんに
一つ忘れないでいただきたいことがあります。

それは、
お母様も、キャリコさんも、お父様も、
誰もが、その時点での限界の中で最善を
尽くしていたということです。

キャリコさんは、お父様にとってできる限り
良い環境を整えようと全力を尽くされました。

お母様もまた、家で看取ることへの恐怖や
自分にはその責任を負えないという
限界の中で、

「病院で看てもらいたい」という選択を
されたのではないでしょうか。

それがキャリコさんの価値観とは
一致しなかったとしても、お母様なりの
精一杯だった可能性があります。

夫の存在が大きいからこそ怖く辛く、
正面から死に向き合えなかったのかも
しれません。

その直後に脳梗塞になったという経緯からも、
口にせずとも、お母様にとって夫の死が
いかにダメージがあったかが伝わります。

キャリコさんもおそらくそのことには
気づいていたので反対せず、

救急車の中で逝くことなどは想定せずに、
お母様の意に沿った流れを支援したのでは
ないでしょうか。

もちろん、救急隊員を含む医療者も
介護者も、それぞれの立場で
最善を尽くしていたはずです。

振り返れば、「もっとこうすればよかった」
と思えることはあるかもしれませんが、

しかし、それは結果を知っている今だから
見える景色であり、

そのとき、その場で、
それぞれが持てる力と情報の中で
選択していたことも、
同時に忘れないでいただきたいのです。

そのように、お母様の行動をすぐには
許せなくても、その背後にある苦しみを
深く理解していくことは、
キャリコさんの癒やしにとって
大切なプロセスとなると思います。

まずは、

「私はまだ怒っているんだな。」

「私は父のことをそれだけ
 大切に思っていたんだな。」

と、ご自身の気持ちを
認めてあげてください。

もう一つ、キャリコさんの苦しみは、
親の感情の責任まで背負おうとしていること
によるものではないかということです。

キャリコさんは、看護師というご職業柄、
「苦しんでいる人を安心させなければ」
「不安を取り除かなければ」という姿勢が
自然と身についているのかもしれません。

ですので、
お母様の辛そうな姿を見ることで、
ご自身の不甲斐なさを感じて
辛くなるのかもしれません。

ただし、お母様が不安になること、
お母様が悲しむこと、
お母様が将来を心配することは、

お母様自身が向き合っていく人生の課題で
あって、キャリコさんが責任を取れる範囲外
のことです。

キャリコさんは、
寄り添うことや話を聴くこと、共感すること
はできても、相手の不安を消すことや、
安心を保証してあげることはできません。

相手の感情の責任は、最終的には
相手本人しか負うことができないのです。

もし、「母を安心させる責任は私にある」
という思い込みがあると、お母様の不安は
そのままキャリコさんの重荷になり、

それが積み重なるほど、
疲れや苛立ちとなって表れてしまいます。

ですから、お母様の不安は受け止めつつも、
その先の

「安心させなければ」
「何とかしなければ」

までは引き受けることなく、
手放す勇気が必要です。

家族といえども、適度な距離を保ち、
一本の境界線を引いてよいのです。

それは決して冷たい態度ではなく、
お母様の人生を尊重する態度でもあります。

自分の不安と向き合い、折り合いをつけて
いく力は、本来お母様自身の中に
育まれていくものだからです。

キャリコさんは、お母様の伴走者には
なれても、お母様の人生や感情の運転手
にはなれません。

どうか今は、
お母様を変えようとすることよりも、

「私は本当によくやった」

「私もあのとき、
 私なりの最善を尽くしていた」

そう、ご自身を労う時間を
大切にしてください。

その優しさをまず自分自身に向けられたとき、
お母様との関係にも、きっと少しずつ
穏やかな風が吹き始めることでしょう。

「母も同様に、私の理想通りではないが、
 彼女のその時点での最善を尽くした」

と受け入れることができるようになるかも
しれません。

許しは、
無理な努力をして生み出すものではなく、

十分に悲しみ、十分に怒り、
自分自身もまた限界の中で最善を
尽くしていたことを認められたとき、
結果として心に訪れるものです。

今その大切なプロセスにいることも
覚えておいてください。

最後に、キャリコさんはお父様に
手を合わせることはありますか?

もし、お父様のたましいが今もどこかで
継続していて、キャリコさんやお母様を
見守ってくれているのであるとすれば、

自身の人生の卒業式の場所について、
未だにこだわり苦しんでいる娘を
見守ることをどう思うでしょうか?

そのように自分のことを大切に思って
くれている娘がいるということ自体が
何よりも大切ではないでしょうか。

肉眼や肉声でやりとりができずとも、
ぜひ、心の声でお父様と対話をして、
これからも良い関係を継続してみてください。

ー川畑のぶこ

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