自分の性格・思考

Two,Faces,Over,Red,And,Green,Background

Q.40代独身です。

私は昔から、仕事が出来そうにみえる外見のようで
仕事の面接も全て苦労せずに通ってきました。

ですが、私自身とてもマイペースで要領が悪く、
人の三倍時間をかけないと仕事をこなせず、
いつも社長や上司に幻滅されてきました。

それならフリーランスになろうと初めて会社員を辞め、
フリーで仕事を始めましたが、
そこでも取り引き先さんとの関係は、今までのように
「期待されて→私が思うように出来ず裏切ってしまう」
ことの繰り返しになってしまいました。

一時期は、学習障害があったり、精神疾患があるのではないか、
脳に問題があるのではないかと、クリニックに相談しましたが、
正常で問題ないそうです。

本当は、期待されているように、仕事をしっかりこなしたい。
人の役に立てる自分でありたいと願っていますが、
表面と内面のギャップ(人からの)に悩まされて、
今ひとつ自分の能力が何なのか、
何をすればうまくいくのかを見つけられないでいます。

もし良ければ、アドバイスをいただけたら嬉しいです。

【ユジュ・40代・女性・スポーツインストラクター】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

相手の期待とセルフイメージ、そして実際の自分との
ギャップに悩まされているのですね。

私たちは皆、なりたい理想の自分というものがあると思います。

「より良くなりたい、成長したい」という動機は
私たちが本質的に備えているもので、健全なものでしょう。

ですので、それに向けて努力すること自体は素晴らしいことでしょう。

ただし、なりたい自分と本来の自分が乖離しているならば、
それは私たちに苦しみを生じさせます。

果たして、なりたい自分は、
自分の本来の良さをより良く生かした像なのか、
それとも本来の自分を否定して、他の誰かになる像なのか。

ぜひユジュさんも、もういちど振り返ってみてください。

ユジュさんはものごとに取り組むのに、
人の数倍時間がかかるとのこと。

これは、スピード的な効率が求められる場面では
たしかにマイナスに働くかもしれません。

ですが、熟考し精査することが求められる過程では、
プラスにはたらきます。

ユジュさんは、人一倍ものごとに時間をかけて
取り組むご自身の特性を、
長所としても受け止めているでしょうか?

また、そのことを周囲にも主張できているでしょうか?

「私は時間がかかりますが、ものごとに丁寧に、
じっくりと、誠実に取組む人間です。」
と堂々とアピールできているでしょうか?

それとも、遅い自分を否定し、
何でもテキパキこなせる自分を求め、
そこに向けて努力する自分をアピールしているでしょうか。

私の師、サイモントン博士は、
「自分でない人間になろうと努力することで私たちは病む」
と説いています。

もし、ユジュさんが自分らしさを良さとして受け入れることなく、
自分でない誰かになろうと努力しているのなら、
それは苦しみの継続を意味します。

私たち一人ひとりが生まれながらにして持ち備える特性は
みな、コインの裏表です。

ある場面では長所になるものが、
別な場面では短所になるものです。

ですので、苦手をなくそうとするのではなく、
それをどのようにプラスに活かすことができるか
ということをぜひ考えてみてください。

今後仕事の場面で、取引先や面接などがあるなら、
ぜひ、「物事にじっくり、丁寧に、誠実に取組む私」
を訴えてみてください。

もちろん、そのことをまずユジュさんご自身が称えてください。

そのことで自分も相手も裏切ることもなくなり、
ユジュさんの中にインテグリティーと自信が
育まれるのではないでしょうか。

ぜひ、ご自身のセルフイメージをこのように描きなおしてください。

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Q.何事もうまくいかないことは、全て自分のせいだと感じます。

「そんなことはない」と、
私の思い込みだ、妄想だと思っても止まりません。

自分のせいだと思うと、自暴自棄な気持ちになり、
イライラして、全て投げ出したくなったり、
めちゃくちゃにしてしまいたいという
破壊的?破滅的な感情に飲み込まれそうになります。

どうにかそこを思い止まっても、
その後の疲労感、虚無感がずっしりとのしかかり、
ひどい無価値感に苛まれ、

やはり自分のせいだ、私がダメだから、
私ができてないからこんなことになるんだ
と自分責めが止まりません。

これではダメだと思うのです。
ここから抜け出さなくてはと思うのですができません。

だめだと思うのではなく、
そんな自分もOKとしてあるがままを受け入れるなどと
読んだり聞いたりしますが、必ず
「でも、できてないでしょ」という問いかけが浮かんできます。

どうすればこの全て自分が至らないからだという
自分責めから脱出できるのでしょうか?

【断捨るー・40代・女性・子育てインストラクター・カウンセラー】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

何事も自分のせいだと思ってしまう癖があるんですね。

自分の行動を省みることは、
人生を歩む上でときとして大切な要素であり、
私たちの成長にもつながります。

ただし、起きているネガティブなことばかり、
全て自分のせいだと思い込んでしまうと、
人生は辛いものになってきてしまいますね。

ネガティブなことばかりでなく、
起きている好ましいことも、
やっぱり自分のおかげ!と思えていれば、
バランスがとれて、さほど辛くもならないのでしょうが。

おそらく、断捨るーさんの場合、そうではないのでしょう。

断捨るーさんは、
子育てインストラクターをされていらっしゃるとのこと。

もし、ご自身のお子さんが、
起こっていることで悪いことの全ては自分のせいだ、
と悩んでいたら、
いったいどんな言葉を投げかけてあげたいでしょうか。

自分が我が子を愛するように、
断捨るーさんもまた、愛に値する対象であるとすれば、
一体どのような対応をするのでしょうか?

おそらく、断捨るーさんは幼少期に
悪いことはみんな自分のせいだ、と思い込んでしまうような
インパクトのある出来事や生活があって、
その思考パターンでこれまでやってきてしまったのかもしれませんね。

そうであれば、癒されていない、
心の中のリトル・断捨るーちゃんを癒してあげてください。

幼少期のご自身が、
そんなふうに悩んでいる姿を思い浮かべてみてください。

ニックネームがあれば
そのニックネームで呼んであげたらいいでしょう。

リトル・断捨るーちゃんに、
「そういうふうに考えちゃうよね。
でも、それはあなたのせいじゃないよ。」
と伝えてあげてください。

また、物事がうまくいかなくても、そういうこともあるよと、
それでもちゃんと人生は切り開かれるから大丈夫だよと、
小さな傷ついた断捨るーちゃんに語りかけてあげてください。

失敗したり、ズッコケたりしながら、ときとして、這いつくばりながら、
前進したっていいんだよ、と秘密を教えてあげてください。

そして、私はいつもあなたの味方だよ。

たとえ、周りの全ての人が敵に見えても、
私だけはあなたの味方だよと、ひっそりと教えてあげてください。

そして彼女を温かいエネルギーで抱擁してあげてください。

同じ感情がふたたび襲ってきたら、
「あ、心の中のリトル・断捨るーちゃんがまた出てきたな…」と
気づいてあげて、そして優しく微笑んで、
リトル・断捨るーちゃんを包み込んでください。

決して悩んでいることを批判する必要はありません。

あー、やっちゃってるね、と
不器用な愛すべき存在として包み込んであげてください。

やがてリトル・断捨るーちゃんと大人の断捨るーさんが
統合されていくことでしょう。

もちろん焦らず、時間をかけて向き合ってあげてください。

  
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Q.子どもが思うように育たなくて
気持ちが沈んでしまいます。

私は正社員で仕事をしながら、
子ども3人を育てました。

主人は単身赴任が多く、ほぼワンオペで育て、
子どもの教育にも熱心に取り組みました。

仕事のキャリアを捨てて
子どもにとって良い環境を整えました。

自分のすべての時間を
子どもを育てることに注ぎ込んできました。

でも、子どもは思ったよりも優秀ではなく、
それは仕方がないとは考えながらも、
こんなに尽くしてきたのにという
気持ちが捨てられません。

子どもは素直で優しい子になってくれたので、
それだけで幸せに思うべきなのですが、
ただ悲しく気持ちが落ち込んでしまうのです。

そして、頑張ってもこの程度しかできないなんてと
子どもの将来も心配してしまいます。

どうやって気持ちを切り替えたら良いのでしょうか。

【くまこ・40代・女性・会社員】

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A:FROM 川畑のぶこ
 

フルタイムで仕事をしながら
ワンオペで3人を育てられてきたくまこさん、
ひたすら頭が下がります。

子どもの教育も手を抜くことなく、
頑張ってこられたのですね。

ご自身のキャリアを断念してまで、
くまこさんがお子さんのために
尽くしてきたとのことですが、
その意図をぜひもういちど
振り返ってみていただきたいと思います。

くまこさんがお子さんの為に
尽くしてきた理由は…

子どもが幸せに生きるためでしょうか?

それとも…

くまこさんの期待に応えてもらうためでしょうか?

親が自分で叶えることができなかった夢を
代理で達成してもらうためでしょうか?

私たちは、ときとして、自分の思い描く理想と
子どもの幸せを混同してしまいます。

くまこさんとしては、

 良い教育を受け
→勉学で成果を残し
→良い大学を卒業すれば
→良い就職ができて
→結果幸せになれる!

…と思い描いていらっしゃったことと思います。

さて、この幸せスキームは
本当にくまこさんのお子さんにとって
正しいのでしょうか?

子育ての最終目標は子どもの自立で、
子どもが自分の人生を切り開く力を
身につけることです。

いったい自分には何が出来て、何が出来ないのか?

何になりたくて、実際何になれるのか?

何を得て、何を手放すのか?

どのような状況下でも幸せの種を見つけ、
それに水やりをすることができるか?

これらを体得するためのサポートが
親の大事な仕事ではないでしょうか。

そうであれば、
勉強ができるようになることもさながら、
自分は何者かに気づくことができる知性を
育むことが大事になってきます。

誰かに敷かれたレールがあったとして、
果たしてそのレールが
本当に自分に合っているのか否かを
見極める力をはぐくむことが、
より重要なこととなるでしょう。

敷かれたレールが合っていないのに、
無理に合わせて
誰かの望む人生を歩んでいたのであれば、
人の心は充たせても、自分の心を
充たすことはできなくなってしまいます。

真のサポートとは自分が望む結果ではなく、
相手が望む結果をサポートすることです。

くまこさんは、その時点で親としてできる
最善を尽くされたことと思います。

結果が思い通りにならないので
すべてが無駄だった、と想うと、
悲しかったり、腹立たしかったり、悔しかったり
といったネガティブな感情が湧いてきて、
辛くなるでしょう。

でも、その結果、
自分に合っているもの、合っていないものが
何かを明確に把握できたのであれば、
それは決して無駄なプロセスではなく
価値の有るプロセスです。

これまでの取り組みも、
必要なだけ身についているはずです。

なので、決して無駄ではないのです。

素直で優しい子に育ったのであれば、
くまこさんの育児は十分
成功しているのではないでしょうか?

相手に思いやりと優しさをもって
接することができるのは、
優れた社会的スキルで、
机上で簡単に学べるものではありません。

くまこさんが子どもに寄り添う姿、
何ごとにも真摯に取り組む背中を
見てきた結果ではないでしょうか。

すなわち、くまこさんが意図しないところで、
子どもたちは人生でもっとも重要なことを
身につけていたのですね。

ぜひ、ご自身とお子さんを称えてあげてください。

「教材ではなく、私自身が子どもの
良き教科書になっていたのだ!」と。

そして、これからは、子どもばかりでなく、
ご自身のためにも尽くしてあげてくださいね。

  
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Q. 私はいつも、物事を
最悪のことを考えて行動してしまいます。

そうすると、現実は、
そこまでには、ならないからです。

良くと考えて行動すると悪くなるからです。
マイナス思考に、疲れてしまいます。

良いアドバイスを、お願いします。

【ムーミン・60代・女性・無職】

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A:FROM 川畑のぶこ

最初から悪いことを想定していれば、
実際の状況が悪かったときの
ショックを回避できるので、
防衛的に常に悪い状態を想定して
過ごし疲れてしまっているのですね。

このような心理的な防衛機制は
決して悪いものとは限らず、
「備えあれば憂いなし」という文脈で
はたらくことも多々あります。

楽観主義が過ぎて、
アリとキリギリスでいうところの
キリギリスにならないように
してくれたりもします。

何事も、過不足ないバランスは大事です。

ただ、ひとつムーミンさんと確認したいのは、
ムーミンさんは、実際の結果として、
良いことが起こったときはその分
人よりも謳歌して楽しめているのでしょうか?

1から10のスケールで、
10が最高の結果、1が最悪の結果だとします。

ムーミンさんの場合、
常に1を想定しているので、
実際に5だった場合、
差引いた4は得した良い気分になるけれども、
最高の10を想定すると、
差引5のショックが加わるという心理経済が
はたらいていることになるかと思います。

では、常に1を想定しているので、
2から10のときは常に喜べていますか?

実際に10が起きたときに、
「私はラッキー!」とか
「人生素晴らしい!」など、
差引9の喜びを享受しているでしょうか?

それとも、どうせ次は悪くなるに違いない、
と愉悦に浸ることは棚上げして、
次に起こるかもしれない最悪の事態に
備えているのでしょうか?

もし後者であれば、
「備えあれば憂いなし」どころか、
「備えすぎて憂いあり」の状態に
なってしまっています。

期待しているあいだの喜びもなければ、
どの結果であっても喜ぶゆとりがなければ、
結局、常にマイナスばかり
経験していることにならないでしょうか。

私の師であるサイモントン博士は、
「希望を持ちつつ執着を手放す」
というバランスが大切だと説いています。

未来に前進するときに、ムーミンさんが
望む状態が起こることを想像しつつ、
同時に、たとえ最悪の事態が起こっても
大丈夫なように備えるというバランスです。

期待感や希望を持っている人というのは、
そうでない人に比べて
健康度や人生の満足度が高いという
研究報告もあります。

ムーミンさんにおすすめしたいのは、
人生からネガティブなことを
すべて取り除くのではなく、
ネガティブなことがあっても大丈夫
という信頼感を育むということです。

たとえ、望み通りの結果にならなくても、
取り返しがつかなくなるわけではなく、
人生それなりに機能するという姿勢です。

現に、過去を振り返ってみても、
備えていたおかげで
うまく行ったこともあれば、
うまく行かないこともあったかと思います。

それでも、今日、今、ここに
ムーミンさんがきちんと立っているのは
厳然たる事実です。

思い通りでなくても、なんとかなって
人生を切り開いてきていることと思います。

ぜひ、失敗も人生の大切なプロセス
として包みこんでみてください。

失敗やネガティブな部分を受容することで、
それを避けることに
エネルギーを注ぐのではなく、
人生に起きている好ましいことや
喜ばしいことにも目が向けられるようになり、
未来に希望が持てるようになることと思います。

  
  
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Q. 川畑先生、いつもメルマガ拝見し
温かいコメントに癒されています。

今、私は仕事を辞め専業主婦をしております。
以前は透析クリニックで看護師として働いておりました。

長期療養で治る見込みのない患者さんと
ずっと付き合っていました。
長い方では20年近くご縁のある方もいました。

私なりに誠意をもってやってきたと自負しています。

患者さんの我儘も仕方がないと
多少拒否をされたとしても、受け入れてきました。

ある時、どうしても受け入れがたいことがありました。
「お前ウザイ、担当変えて、二度と俺のところにくるな。」と
怒鳴られたことがありました。

よく攻撃的なモノ言いをする方ではあったのですが、
そこまで拒否をされることはなかったのでとても驚きました。

それからというもの、その方の無視する態度は続き、
上司に相談しても
暴力は振るわれていないのだから対処できない。
その時は退職を決めていた私に対して、
上司は取り合う態度は見受けることはできませんでした。

夫に相談したとしても、
「その人の琴線に触れることを私が言ったのだろう」というだけで
親身に聞いてはくれませんでした。

そんなことで夫との関係も距離が離れていたと思います。

同じ想いを抱えた同僚は親身に相談に乗ってくれたことは
今でも感謝しています。

今でも、そのことを思い出すと、怒り、悲しみ、苦しみが出てきます。
仕事をしたい、でも怖いという思いが手放せずにいます。

この気持ちを手放すためには、どうすればよいのでしょうか。

【eri・50代・女性・専業主婦(看護師)】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

看護臨床の現場でのパラドックスのひとつは、
eriさんのように真摯に患者さんと向き合う看護師であればあるほど、
患者さんの一つひとつの反応に丁寧に向き合うことで消耗してしまい、
精神的に辛くなって臨床を去ってしまうこともあるということだと思います。

命や健康を預かる場であるが故に、当然のことながら、
日々患者さんと真剣に向き合うことは必要とされるのですが、
真剣を通り越して深刻に捉えてしまうと、
心身ともにもたなくなってしまうことがあります。

かといって、鈍感力高く、
患者のクレームをいちいち気にしない医療者ばかりが増えてしまっても、
看護の質の低下という問題が起きてしまいます。

この辺のバランスは、患者さんからの暴言や無視などで、
精神的な攻撃(や暴力)を受けている場にずっと身を置き続けるのは、
いうまでもなく不健全で、対処が必要です。

その対処法として場を去るというのもひとつですが、
別な視点を育み対処することも可能です。

今回のeriさんのような出来事も、視点を少し変えてみると、
受け止め方や感じ方は変わってくるかもしれません。

もし、この患者さんのいる現場が、腎内科ではなく、
精神科や認知症病棟であったならどうでしょうか?

暴力的な言動は病理やパーソナリティーの障害などによるもので、
医療者の多くは、真剣に対応しつつも、
暴言の内容をパーソナルなこととして深刻に悩み
引きずることは少ないのではないでしょうか。

透析患者さんの中には、腎疾患のみならず、
精神や神経系の問題を抱えている患者さんもおり、
他人への攻撃的な態度など、
病的なふるまいをする人もいます。

もし、eriさんが20年働いている現場で、
そのような態度を取られることがこの患者さんしかなく、身に覚えが無い、
同僚と確認してもeriさんに対する改善の指摘が無いのであれば、
これはeriさんの問題ではなく、
患者さん側の問題ということが考えられます。

患者さんの病理や攻撃的なパーソナリティがそうさせているのであれば、
eriさんがそのことをパーソナルに受け止めて悩むのは的外れであること
をお分かりいただけると思います。

いじめっ子は、憂さ晴らしをするのに、いじめやすい子
(反発せず真剣に受け止めて悩みやすいなど、
いじめっ子が意図する反応がある人)
をターゲットにすることを想像してみると
理解が深まるかもしれません。

いじめは、いじめられる側ではなく、
いじめる側の問題であることを考えてみます。

いじめられっ子がいじめっ子の態度を、自分のどこが悪いのかと、
自己否定的に深刻に受け止めてしまうことで、
さらにいじめっこの態度が正当化されるという悪循環が
おきてしまいます。

また、いじめっこ自身も自分自身の未解決な問題で苦しんでいて、
その苦しみに気づいていません。

誰かをターゲットに憂さ晴らしし、問題を誰かのせいにしている間は、
自分の大きな課題に取り組まなくていいので都合が良いのです。

未解決な問題を抱えている患者さんの中には、
そんないじめっこのような未熟な精神状態におかれていることも多く、
そのようなダイナミズムを
俯瞰的な視点で理解しておくことは大切です。

eriさんはサイコネフロロジーというのはご存知でしょうか?

腎疾患、腎不全、腎移植患者およびその家族の
精神・心理・社会的問題や、それらの医療現場に携わる
スタッフの精神衛生についての研究分野で
1990年に学会が設立されています。

これはネフロロジーの領域に留まることではありませんが、
精神科と各診療科の連携が構築されることで、
eriさんが体験したような問題に
より建設的に対処できることが可能となります。

このような連携はリエゾンと呼ばれます。

リエゾンが機能することで、
患者の精神・心理・社会面も専門的にケアされ、
攻撃のターゲットとなる医療者が個別に悩まずにすむ、
よりシステマティックに効果的に問題を解決していくことが
可能になることと思います。

医療者が、患者さんの状態を包括的に把握することで、
ネガティブな言動に巻き込まれず
(被害者意識にさいなまれることなく)、
冷静で客観的な目で患者さんを見守り、
慈しみの心で接することができるようになるでしょうし、
この姿勢は、自分を守ることにも繋がることと思います。

上司やご主人も、もしかしたら
eriさんがそこまで悩むことではなく、
ものごとを曲解してしまう患者さんの問題なので、
気にする必要はないと思っている可能性もありますね。

ご主人の言葉も、eriさんの悪意ない言動が、
その患者さんにとっては曲解と妄想のトリガーとなったという
文脈だった可能性もあるのではないでしょうか。

また、もしかしたらeriさんは、
ご主人に解決策を求めていたのではなく、
ただひたすら共感してほしかったのかもしれませんね。

そうであれば、ご主人に
「私は状況分析や解決法ではなく、
ただ、大変だったねとあなたに共感してほしい」
と伝えてみてはいかがでしょうか。

そのことで、ご主人はeriさんとの関係において
「共感という解決策」を見出すかもしれません。

eriさん自身のニーズを大切な相手に伝えることも怠らずに、
ご自身を大切にしてあげてください。

こころの断捨離セミナー
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FROM 川畑のぶこ

私が断捨離に出会ったのは2008年秋で、
実際に着手したのがその年末から2009年の年始にかけて。

季節は早くも、ぐるりんとひと回りしてしまいました。

いまだに、~断捨離は続くよどこまでも♪~の世界で、
日々精進ですが、改めて、断捨離との出会いがなければ、
私の人生どんなだったろうと思います。

「だって~なんだから、仕方ないじゃん。」
「分かってる、分かってるって。そのうちやるから大丈夫」

と、日々自分への、そして誰とも同定できぬ誰かへの、
心の中の言い訳ばかりして、
いまだに無意識なエネルギー漏れを起こしながら、

「あぁ~なんだかしんどいわぁ…」

と、でも、その重たさを引きずりながらも
それなりに前進できちゃっている状態で
生活していたのかなぁ…なんて、
 
パラレルワールドのもうひとりの自分に想いを馳せながら、
ゾッとするこの頃です。

心理療法家として人々と向き合う際、
いかに執着心を手放すかは、
メンタルヘルスのキモとなっています。

これは私の師であるサイモントン博士から常々学んできた教えであり、
私自身、パーソナルライフで日々チャレンジしていることです。

そして、執着の対象で、私たちがもっとも執着してしまうのが、
思考や信念と言われています。

堆積するモノは、目に見えない執着心が
目に見えるカタチとして現れたもの。

モノを手放すことで観念を手放すことができる反面、
観念を手放すことでモノを手放せることもあります。

これらのアプローチを臨床では認知行動療法と呼びます。

行動療法はより行動に違いを起こすことによって
認知(もののとらえかた)を変容させていくもので、
認知療法はものごとの受け止め方を変えることで
行動しやすくなるアプローチです。

両方のアプローチが行えることで、
私たちの変容は促進されていきます。

たとえば、私がはじめて大量のモノたちに向き合ったとき、
どう考えても、こんなもん手放したほうが楽になれるに
決まっているとわかっていても、
なかなか行動に移せませんでした。

それは、私の中の深い部分、無意識な部分に
刷り込まれていた信念が影響していました。

「使えるものを捨てたらバチがあたる」とか
「祖父母の教え(伝統)に背く行為」とか

「あとで後悔して取り返しのつかないことになる」
とかといったものです。

これらは、すべて非合理的な考え方で、
私の人生を豊かにしてくれません。

幸い、サイモントン博士から、
これらの役に立たない考え方を捨てるすべを学んでいたので、
私は即そのメソッドを適用して断捨離に勤しむことができました。

現実に目をやれば、ものが堆積して苦しいこの状態こそが
バチみたいなものだし、後悔の対象そのものでしょう。

また、先祖は自分たちのやり方を死守してほしいわけではなく、
子孫に幸せになってほしいはず。

祖父母たちの時代では役立っていたものが、
孫の時代では不幸を呼ぶのであれば、
そんな観念、とっとと捨てろと、孫を愛する祖父母は言うはずです。

万一、天のジジババが、己への忠誠を試すだけの、
愛のない執着からの教えなら、私の代でその悪の連鎖を断ち、
後世にはしなやかさと自由さを伝承しましょうと。

執着の解毒剤は信頼感である、
というのもサイモントンの教えです。

しがみついているものを手放すには、
たとえそれがなくても私の人生はそれなりに機能するという
基本的な自分自身と人生に対する信頼感が必要です。

そんな信頼感を育めると断捨離も促進されます。

断捨離とは人生への信頼を確認する
イニシエーションともいえるでしょう。

東京は桜も散り、ハナミズキが美しい季節となりました。

コートを脱いで青空に手を伸ばすように、
今では不要となった古い観念を捨てて、
みずみずしい人生を謳歌したいものですね。

そんなシーズンにぴったりの講座が
いくつかありますのでぜひお役立てください。

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Q.自信を持って!自分の思うようにしたらいいのに~
と親しくしている人たちからよく言われます。

自信ってなんだろう…
自分を信じるってどういことだろう…と
ますますわからなくなってしまいます。

でも心の奥底では自信を持てたら
どんなに良いかと沸々考えています。

どうしたら自信が持てますか?

【上田 真弓・50代・女性・無職】

―――――――――――――――――

A:FROM 川畑のぶこ

とてもシンプルな質問で、
正直、どのような切り口で回答するべきか、
とても悩ましいです。

ただ、周囲からのコメントだけでなく、
まゆみさんご自身、自信がなくて、
自信を持てるようになりたいという思いがあるようですので、
基本的な3つの態度についてお伝えしたいと思います。

自信の無い人というのは、
自己肯定感や自尊心が低いことが多く、
周りの価値に合わせて生きてしまうことが多いです。

まゆみさんの周囲が
「もっと自分の思うようにしたらいいのに」
とコメントされるということは、
まゆみさんが、自分のことは横に置いておいて、
周りに合わせてしまうことが多いということかと思います。

その理由は何でしょうか?

自分の思いや考え、価値観は取るに足らないものと
思っているのではないでしょうか?

そうであれば、まず第一に、
私は私なりの考えや価値観を持って良いと
自身へ許可を出すことです。

私は考えたいことを考え、思いたいことを思い、
感じたいことを感じて生きて良いと。

これはニーズ(欲求)を持って良いという許可です。

そして次に、自分は何を満たしたいのか、
そのニーズの内容を明確にして、
満たす努力をしてみてください。

いったい自分はどのようなときに、
喜びや充足感を感じるのか、
を振り返ってみるとヒントになると思います。

まゆみさんの場合、
相手がいると相手に遠慮してしまうクセが
あるかもしれませんから、
相手無しに満たせるものから
始めると良いかもしれません。

たとえば、美しい自然の中に身を置くとか、
芸術に触れるとか、体を動かすことなど。

そのときに、漫然と行わず、
今から自分をもてなすこと、
私は大切にされるに値する人間であることを意識して
取り組まれてください。

自分を大切にするレッスンです。

そして第三ステップとして、
自分の思ったことや感じたことを
相手に伝えたり、主張するように努めてみます。

率直に、どうしたいのか、どう思うのか、
どう感じるのかを相手に伝えます。

まゆみさんが相手を尊重してきたように、
相手にもまゆみさんを尊重したい気持ちが
あることを忘れないでください。

人は違って良いのです。
また、違うからこそ学びあえるのですから。

まゆみさんが相手と異なる考えや感じ方をして、
それを伝えることは、
相手に新たな視点を提供する機会を与えていると
受け止めてみてください。

このように、
1)ニーズを持って良いと許可する、
2)ニーズを確認して満たす、
3)ニーズを相手に伝える、努力をしてみてください。

応援しています!
 
 
 
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毎週月曜日、読者の方のお悩み相談にお答えしている、
川畑のぶこ「ココロの学校」メールマガジン。

本日は、川畑のぶこが急用のため
代わりまして、事務局の山本よりメルマガをお送りします。
いつものビデオメッセージではございませんが、何卒お許しを。

食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋…
皆さん、どんな秋をお過ごしでしょう?

スマホをいじっている人が多い電車の中、
先日は、参考書を開いて熱心に勉強している人をちらほら見かけ、
「資格試験の秋だなぁ!」と実感。
(私だけでしょうか?笑)

うちの近くの学校が試験会場になり、
その前の道がまるで繁華街のように、
年に一度の大渋滞になる光景もセットで思い出され……。
その日も多分もうすぐです(笑)

さて、日頃のセルフケアに必要かつ有効として
「ココロの学校」メルマガの中で川畑のぶこが頻繁にお伝えしている
ことの一つに、「執着を手放す」というものがありますが、

この「執着」が、意外にも「資格取得」という行動にも関係している、
という話が川畑のぶこの書籍の中にありましたので、
皆さんにシェアします。

*  *  *

<書籍『メンタル断捨離で心の換気!
         「怒り」をすっきり整理する』より>

「執着ほど人間を悩ませるものはない」というのは仏陀の言葉です。

執着とは、「何が何でも」と、必死にその状況にしがみついたり、
徹底的に他者や状況をコントロールしようとしたりする、
視野が閉ざされた状態。

「こうあるべき」という前提があることによって起こるので、
そうならなければ不安や恐怖を生み出し、
コントロールするために怒りとなって表出します。

*  *  *

怒りから解放されて、しなやかに生きていくためには、
「希望を持ちつつも執着を手放す」という姿勢が必要になってきます。

執着しているときは、
「何が何でもこうあらねばものごとや人生が機能しない」という
不健全な思い込みや前提がベースになって
心が詰まって閉ざされた状態ですが、

希望を抱いているときは、
「こうしたいしするけれども、たとえそうならなくても何とかなる」
というような、健全な思考がベースとなって、心が開けた状態です。

たとえば、何かの「資格をとる」という目標を持ち、
そこに向けて最大限の努力をしたとします。

そのときに発している、あるいは頭の中にある言葉に注意してみます。

「資格をとりたい」とか、「資格をとろう」という
「ーしたい」「ーしよう」というような言葉が使われているのであれば、
それは希望を抱いている姿勢であることが多いはず。

そのことに深い関心を持っていて、
その結果を得ることを想像すると心がときめくでしょう。

一方、それが執着からくる姿勢であれば、
「資格をとらねば」とか「資格をとるべき」という
言葉を使っていることが多いはず。

自分がそのことに関心があるかないかは関係なく、
そうでなければ仕事や生活、または人生が機能しないという状態です。

ここに心のときめきは存在せず、プレッシャーやストレスがあります。

*  *  *

資格があるに越したことはないかもしれませんが、
なくても人生は機能するでしょう。

世の中には資格を持っていなくても
健全に、そして幸せに生きている人は無数にいるわけです。

むしろ、資格をとってしまったが故、本当はさして関心がないのに、
世間の価値観を軸にその資格を生かさねばと、
自分の本性から離れてしまった人生を生きることにもなりかねません。

これはモーツァルトのような音楽の天才が
会計士の資格をとってしまったので、
その資格を生かす仕事を探して評価されようとしてしまっている
ようなものかもしれません。

*  *  *

私は時折、臨床現場で、
そのままでもとても素晴らしい個性と魅力ある人物が、
なぜか多くの資格を持っていながら、自信がなく苦しんでいるという
ケースを見ます。

それがある分野に特化した一貫性のある資格であれば、
自分の関心を掘り下げていったのだなと理解できるのですが、
まったく一貫性のない資格なのです。

しかも、資格をとればとるほど、
自分に自信がついてリラックスして過ごせるようになったかといえば、
その逆で、資格が増えれば増えるほど「これでもまだ足りない」と、
いつまでたっても満たされない状態になってしまっているのです。

これは希望からではなく、
ベースに不安や恐怖のある執着から資格をとっていったからです。

関心や興味のない分野で資格をとって仕事にしても、
モチベーションが低いためよいパフォーマンスもあまり期待できない
でしょうし、がんばって結果を出しても徒労感に苛まれかねません。

自分が抱いているものが執着なのか、希望なのかを
確認することが重要です。

希望を持ちつつ執着を手放すというのは、
「人事を尽くして天命を待つ」という境地。

ときには自分ではどうしようもない、
見えない働きかけに身をゆだねてみると、すーっと楽になれるでしょう。

<ここまで>

*  *  *

「資格をとる」ということ自体はとってもポジティブかつアクティブ。

でも、自分の思いのベースにあるものが「ーねば」「ーべき」だと、
それは「執着」でしかないということのようです。

せっかく時間をかけ、勉強するのですから
(そしてお金もかかりますね(>_<))、
「ーしたい」「ーしよう」と心から思える、自分の個性にぴったりの資格
に出会い、希望を持って、そこへ向かっていけたら幸せですね!

ー川畑のぶこ公式サイト運営事務局
山本響子

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今日は、このメルマガが、なんと、めでたく100本目になります。
一昨年、2015年5月から第1回目が始まりまして、
2017年4月でいよいよ100本目になりました。

今日は、これまでの100本を振り返りながら、
私から皆さんへのメッセージをお送りします。

「ココロのホメオスタシス」、自然界の叡智を信頼する
ということについてです。
どうぞ、最後までおつきあいくださいね。

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181022

今日は、みちさん(パート)のご相談にお答えします。

~~~~~~~~~~~
放課後に子どもを預かる職場で仕事をしています。

低学年ばかりが60人くらいいます。
集団生活をする中で、集団行動ができず、邪魔をする子たちがいます。
発達障害児ではなく、健常児です。

一人だけならまだ良いのですが、一人を押さえているうちに
それを見ていた子たちにどんどんそれが伝播していって集団になり、
職員がその子たちに手を取られ、ちゃんと行動をしている子たちに
迷惑をかけることになったりしています。学校なら学級崩壊でしょうか。

そういう子どもの中には、学校ではとてもいい子という子も多いです。
「ここで、ストレス発散だ」「こんなところ来たくないんだ」
「お父さん(お母さん)なんか嫌いだ」と口に出し暴れる子もいます。

保護者に子どもの様子を伝えても、「信じられない」
「指導が悪いんじゃないんですか?」「うちの子だけが悪いんですか?」
「学校では、何の問題もない、といわれます」と怒る方もいらっしゃいます。
家では、いい子、わんぱく、いろいろのようです。

子どもたちが通う小学校はビシビシやる方針です。
報告をし合う小学校の先生からは「もっと厳しくやった方がいい」と
言われています。が、小学校と違い、やめることのできる施設の職員の
私たちを、子供たちは怖くもなんともありません。

いろいろ対処をし、職員の中には、精神的に追い詰められる者もいます。
親、子どもたち、そして自分たちの指導のせいだと落ち込む同僚に
どう対処していったらいいのでしょうか?
~~~~~~~~~~~

みちさんや他の職員の方たちも、おそらく子ども達が大好きで、
子どもの健全な育成のために、このような職場を選ばれているのでしょう。

そういった熱い志を持って実際に現場に携わってみたら、困難が山積で、
圧倒されてしまって、どうしていいか分からないという状態なのでは
ないかとお察しします。

ご相談の文面からだけですと情報が限られますので、私が正確に捉える
ことができているかどうかわかりませんが、まず、学童がどのように
機能しているか、その一つとしては、みちさんも書かれているように、
日頃学校でビシビシとやられている子ども達が、ワッと解放される場で
あるのは、もう間違いないですね。

学童保育施設というのは公的にも「生活の延長として機能する場」と
定められていますね。生活の場では、家庭で営まれているような静養や
おやつ、宿題、昼寝、大人との会話、遊び、通院、塾通いなどが
当たり前にできることが必要、というような方針があります。

また、生活の場なので、柔軟で魅力ある生活を子どもと共に作っていく、
そのような生活の拠点が地域に広がるというコンセプトで作られてもいます。

もしかしたら、みちさんの中には、ちゃんと学習させなきゃとか、
きちんとさせなきゃという意識が強いのではないかと思いました。

学校は、きちんとするということを学ぶ場ですね。集団ではこうするのだ
ということを学ぶ場です。ところが、学童というのは、生活の延長、
すなわち、お家に帰ってきてダラーッとしたり、ランドセルをワーッと
放ったらかしにしたり、靴下や服を脱ぎっぱなしにしたりする子もいます
し、そうではなくて、きちんとする子もいます。

学童保育を、集団生活を学んで学校のように学習をしていく場ではなく、
生活の延長の場と考えたときに、いろいろな子がいる、すなわち邪魔する
子もいる、兄弟喧嘩する子もいます。厚労省の策定のところにはもちろん
そこまでは書かれていませんが、生活の延長の中には兄弟喧嘩も含まれ
ますし、近所のお友達との喧嘩も含まれると思うのです。

そして、その中でどうやって問題を解決していくかというスキル、社会的
なスキルを身につける場にもなっていると思うのです。もちろん、その
全体を統率していかなければいけないみちさん達は大変ではあるかもしれ
ませんが、ここはある程度の忍耐やおおらかさというのも必要になって
くるかもしれません。

続きは、ビデオでお話しします……

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