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mother with her son in the park

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――――――――――
Q:すべて母親の私のせい…?

私は、自分だけでなく旦那さんと子供にも同じ様に攻めてしまいます。

6年生の男の子の親なのですが、子供が不登校になってしまい、
それは、全部自分のせいだと、全部ではないと分かっているのに、
苦しくて自分を攻め続けてしまいます。

少し自分が何か出来なかった事があっても自分を攻め続けます。

苦しいです。
責め続ける癖は、どうしたら治りますか?

教えて下さい。お願いします。

【はれ様・46歳・主婦】

―――――――――――――――――――――――――――――

A:

FROM 川畑のぶこ

「私たちは出来事によって悩まされるのではなく
出来事の受け止め方によって悩まされるのです」

ギリシャの哲学者、エピクテトスの言葉です。

私たちは日常に起きる出来事に対して、
時として歪んだものの見方をしてしまうことがあります。

このような状態を心理の専門用語では、「認知の歪み」と呼びますが、
この歪みは特にストレス下にいるときに頻発する傾向にあります。

自分に厳しい人というのは総じて他人にも厳しいです。

もちろん、他人に対しては、表面的に優しく装うことができるでしょうし、
そうあろうと努力しているとは思います。

ところが、真に優しいあり方=Being ではなく、
優しいやり方=Doing を実行しようとしているのでどこか抑圧的で、
それを発散する対象に身内が使われることがほとんどです。

ものごとの受け止め方が歪むのにはいくつかパターンがありますが、
その中に「自己関連づけ」というものがあります。

自分の身の回りに起こっていることで
悪いことは、すべて自分のせいだと思い込んでしまうことです。

もちろん自分との関わり合いの中で相手に影響を与えることはあるでしょうが、
全て自分のせいということは無いことがほとんどです。

子どもが母親の影響を受けるのは当然のことでしょう。

ところが、息子に起きている好ましくないことの全ては
母親のせいかといえば、そうではありません。

これは根拠のないことです。

現実的なのは、息子さんもご自身もさまざまな関わり合いの中で、
息子さんなりのものごとの受け止め方や対処の仕方をすることができますし、
ものごとの受け止め方や対処の仕方は選択の余地があります。

「残念なことではあるが、やり過ごそう」とか、
「困難だが、なんとか善処しよう」ととらえることもできれば、
「現状を打破することは不可能だ」とか
「誰も自分を分かってくれない」とか
「何をやっても無駄だ」と受け止めることもできます。

また、「全て母親のせいだ」と受け止めることもできます。

ただし、これはあくまでも受け止め方であり
事実に基づいていることではありません。

感情は受け止め方と連動しますから、
息子さんが辛いのは、後者のような否定的な受け止め方で、
世の中に向かい合ったり対処したりしようとしていることが考えられます。

では息子に考え方を変えろと言えば良いかというと、そうではありません。

これは勉強しろと言えば勉強するかというとそうではないのと一緒です。

考え方を変えることほど難しいことはありませんし、
人間が最も執着するのは己の考え方だと言われています。

すなわち、人生で最も難しいことに今取り組もうとしているということを知り
息子さんにもご自身にも、寛容になって、丁寧に向かい合ってみてください。

そのためにまずできるのは、はれさんご自身が
ものごとの受けとめ方を健全化することです。

そのことで、息子さんに背中を見せることができます。

息子さんを変えようとすると抵抗が出てきますが、
母親が変わると自然とそれに影響を受けることはあります。

母親自身が、不登校含め、人生の困難に対して悲観的になっていれば、
それは自ずと非言語的なメッセージとして息子さんに
「ダメなあなた」と届くことでしょう。

ところが、お母さん自身が

「人生に困難はつきもの」
「人間は失敗を免れないもの」
「どこからでも変化を起こすことは可能」
「これもまた経験で成長の種」
「急ぐ必要もなくそれぞれのタイミングがある」

などと受けとめ、息子さんと関わりあっているのであれば、
それは単に
「人生の大切な課題にチャレンジするあなた」
と届くことでしょう。

まず人に優しくなりたかったら、
自分自身にも優しくなる必要があります。

そのためには、批判的な目でものごとを受け止める姿勢を改めて、
自分にも他人にも、健全で思いやりあるものごとの受け止め方を
してみることから始めてみることをおすすめします。

愛する我が子が困難な状況にいることは
母親としてこの上なく辛いことですね。

それでも現状は結末ではなく、まだ必要なプロセスの途中であって、
あくまでも「道しるべ」です。

今、ここからどのような進路を取るか…
これはいつでもどこからでも変更できます。

どうか希望をもって息子さんと
ご自身の人生に向かい合ってみてください。

応援しています。

PS
川畑のぶこ+本道佳子(国境なき料理団・湯島食堂)コラボ!
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PPS
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151005

こんにちは。川畑のぶこです。

先週はイタリアから動画メッセージを配信しましたが、いかがでしたか?

現地では大丈夫だったのに、帰国後は時差ボケに悩まされています。
今週はずっとイタリア時間で動いていて、何時に就寝しても、
真夜中の1時か2時になるとパッと目が覚めてしまい、
そこからコーヒーが飲みたくなってしまうのです(笑)。

それ以外は、おかげさまで体調良くやっていますが、
季節の変わり目ですので、皆さんもどうか風邪など召されませんよう、
気をつけてくださいね。

今日はタイトルを見た瞬間に、私人も個人的に胸がグッと痛くなるような
ご相談をいただきました。
愛犬を亡くしてしまった方からの、ペットロスについてのご相談です。

————-

「愛犬が亡くなってしまいました。私は、40代の主婦です。
子供がほしくて、不妊治療を続けて早7年。
そんな中、去年の暮れに可愛がっていた愛犬が亡くなってしまい…。

この子が私の子どもだったらと何度思ったことか…。
哀しくて、哀しくて…。私のもとに帰ってきてほしい。
でも、そろそろ決断をしないといけない時にきています。

愛犬もいなくなり、子も授からず、
これからどうやって過ごしていったらいいのか泣き崩れる毎日です。

主人は、二人で仲良くやっていこうと言ってくれています。
でも、主人には悪いのですが、
愛犬は私が飼っていて生まれた時からずっと育ててきました。

まだ前向きになれず、希望が見えません。
どう思って生きていけばいいのでしょうか?」

———

家族のような存在の、愛するペットの死に、
どうやって向かい合っていったらいいのか。

愛する者が旅立っていけば悲しいのは当然です。
最初のうちは無理せずに、悲しんで、いっぱい涙を流して、
しっかりと喪に服するということが大事ですし、とても自然なことです。
無理に「早く前向きにならなきゃ」と思う必要はありません。

次のステップとして、natumeさんご自身も感じ始めていらっしゃるように、
心の整理が必要ですね。
ここでは意識の切り替えがポイントになります。

悲しみを「感謝」に切り替える。
ペットとの縁に「ありがたい」と思う方に、気持ちをシフトしていただきたいなと思います。
その人の「死生観」が試されるときでもありますね。

あと、ペットロスの度合いが非常に深く、なかなか立ち直れない人には、
ある種の傾向があるように思います。

それは、「人生の喜び」に対する考え方です。

続きは、ビデオでお話ししています。

https://youtu.be/M2t_a5aDgM0

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White kitchen design.

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Q:モノが多く広すぎる家を断捨離したいけれど…

50代の主婦で、一人娘は3年前に嫁ぎ、今は
キッチンを含めて10部屋ある古い家で主人と二人暮らしです。

もともと家族が多い家でしたが、
ひとりずつ減り、物の多い生活にほとほと困り果てています。

断捨離したらどんなに快適かと思いますが、
私は自律神経失調症の上に鬱もあり、動くのが億劫なのです。

それでも、なんとか気持ちを前向きに
断捨離出来る気持ちの切り替え方をお教え下さい。

【クリームソーダ様・57歳・主婦】

―――――――――――――――――――――――――――――
A:
FROM 川畑のぶこ

クリームソーダさんのように、家族が一人ひとり減り、
気がつけば子どもや親たちが残していったモノたちに囲まれて、
夫婦2人で暮らしているという人はたくさんいらっしゃると思います。

ただし、10部屋というのは流石にハードルが高いですね。

今は鬱もあるとのことで、くれぐれも無理のありませんように。
自分の身体の声にきちんと耳を傾けてあげてください。

がんばれないときはがんばらないのも仕事。
がんばるという執着を手放してみてください。

また、このような時期は、周囲に助けを求めるのも大事です。

子どものものであれば子どもたちに、
もし親の遺品があるようでしたら、業者に遺品整理を頼むのもひとつです。

全て自分でやらねばと強迫せず、
助けを求めて良いと、自分自身に許可を与えてあげてください。

上手にサポートを得られるようになることで
周囲への信頼感が育めるようになり、心身が楽になることもあるのです。

ご自身のものに取り組んでみようと思う場合は、
いきなりエネルギーを要するものに取り組むのではなく、
まずはエネルギーチャージを大事にしてみてください。

断捨離はエネルギーを要することですので、まずはゆっくり休み、
好きなことをしたり、寛げる人や場所に身を置いてみたりして
心理的なエネルギーを充電してから取り組むことをおすすめします。

手をつける場所も、難易度の低いところや
モノ(エネルギーを必要としない場所やもの)にターゲットを絞り込み、
さらにエリアも細かく区切って少しずつ取り組んでみてください。

たとえば、今日はガラクタだらけの引き出しひとつと決めて、
そこが完了したら花マルです。

この断捨離の機会を、厳しさでなく、優しさをもって
ご自身に向かい合う機会にしてみてください。

150928

こんにちは。川畑のぶこです。

サイモントン療法の国際会議に出席するため、イタリアに出張してきました。
本当は、前回9月21日の号で、現地からのビデオメッセージをお届けする予定
だったのですが、データ転送がうまくいかず断念。
一週間遅れとなりましたが、今回はベネチアの風景とともにお送りします。

会議はフィレンツェで行われたのですが、その前の2日間、
いつか訪れてみたかった、憧れのベネチアに滞在しました。

水の都ベニス、心も潤いました。
忙しさがたたってか、その数日前に風邪を引きましたが、
それを癒す意味でも、湿度の高いベニスでしばしゆったりできたのはよかったです。
蚊に刺されましたけれど(笑)。

さて、イタリア人と言えば、
「人生を楽しむのが上手」の代名詞のような人々ではないでしょうか。

世界のスタンダードから言うと、私たち日本人は真面目、時に生真面目な国民性。
もちろん、いい部分もありますが、
ストレス下においては、それがアダとなって出てしまうことも。

今日はこのイタリア人の気質、遊び心について、
私がサイモントン博士から学んだことと併せて、皆さんにお伝えしたいと思います。

サイモントン博士の人生の楽しみ方。
どんなことだと思いますか?

過去に、正直、私にとってはびっくりするような博士の行動があったのですが、
実は、それはサイモントン流の「遊び心」、そして極上の「人生の楽しみ方」だったのです。

続きは、ビデオでお話ししています。

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Q:他界した弟のモノを処分するのが苦しいです。

片付けの悩みです。

まだ勉強を始めて日が浅いため
どのように片付けたらよいのかわからないモノがあります。

それは、4年前に他界した弟のモノです。

私たち家族は弟が他界したのをきっかけに、
独身だった弟が所有していたマンションに引っ越してきました。

とても綺麗に片付いた部屋でしたが、
洋服などのモノが大変多くまだ綺麗で
私も子どもも着ることができますし処分しかねております。

ブランド物も多かったため、今年になって
少しオークションに出品して処分しましたが、
お金になって返ってきても気分がスッキリしないのです。

大量の洋服もゴミにするのは辛いです。

そのモノたちがなくなってもなにも困らないどころか
家はスッキリするし、弟は心の中にいるのだから問題ないと
自分に言い聞かせても、やっぱり処分しようと思うと苦しいのです。

それらがあることで安心できているのです。

しかし、家の中は弟のモノと
私たち家族のモノで明らかに定員オーバーです。

どのように弟のモノ、自分の心と
折り合いをつけたらよいのでしょうか?

どうかアドバイスをお願いいたします。

【女性・46歳・パート】

―――――――――――――――――――――――――――――

FROM 川畑のぶこ

大切な家族の遺品整理は心が痛むものですね。
モノはモノであってモノでないことの
代表的なシチュエーションだと思います。

遺品に関しては、心の整理が出来ておらず、
故人のモノがあることで残された家族が安心感が得られるのであれば、
それはまだ心が使っているということなので、
無理に捨てる必要は無いでしょう。

「捨てねば」と思えば思うほど、
胸が引き裂かれるような気持ちになるのではないでしょうか。

喪に服する期間というのは人それぞれです。
年老いた親であれば数年であっても、
若くして他界した兄弟などは、4-5年経っても
心理的な喪が明けないこともあるでしょう。

どうか自分自身に厳しくならず、優しくなってください。

傷ついた皮膚をかさぶたが覆うように
しばらくは喪失感に傷ついた心を
弟さんを思い出させてくれるモノたちが覆ってくれているのだと
受け入れてあげてください。

それでも、流石に量が多すぎて日常に支障をきたしているのであれば、
もし、その状況を弟さんが見たなら何と言うか考えてみてください。

遺品を断捨離したいのになかなかはかどらない場合は、
「捨てねば」と、捨てることに焦点を当てるのではなく、
「何を残そうか」と、残すモノを選び抜くことに焦点を当ててみること
をおすすめします。

大量の服があるとのことですが、
服の中でもご自身やご家族が弟さんを身近に感じることができるものも
あれば、弟さんが着たり纏ったりしているところをいちども見たこともなく、
弟さんの存在をさほど近くに感じられないものもあるでしょう。

安心感を得るために、必ずしも大量に、残されたそれら全てのモノを
持っている必要はないのだということを思い出してください。

最も弟さんを感じることができて、安心感が得られるモノ
を選び抜いてみてください。

150921_2

ボンジョルノ!!
川畑のぶこです。先週より出張でイタリアに来ています。

今日のメルマガでは、
ベネチアで録画したメッセージビデオをみなさんにお届けする予定だったのですが、
日本へのデータ転送がうまくいかず、
残念ながら、皆様へリアルタイムの声を届けることができません。
帰国後に改めてお届けしたいと思いますので、少し待っていてくださいね。

さて、イタリアは初めて訪れる国。
今回はベネチア、フィレンツェ、ローマを訪れています。
最初に訪れたベネチアがとても印象的でした。
水の都というだけあり、湿度が高く、風邪気味で荒れていた喉や肌もとても潤い、
あっという間に体調も快復していきました。

ベネチアは夜10時を過ぎるとクモの子を散らしたように街から人の姿が消え、
滞在先のアパートの窓から街を見下ろすと、灯り一つない漆黒の夜です。
交通手段は みんな船で、車も走っていませんから、辺りは静寂に包み込まれます。

こんなにたくさん人がいる場所で、こんなに静かな経験は、
人生で初めてのように思います。
教会の鐘の音とともに就寝し、教会の鐘の音とともに目覚める。
とてもシンプルなことがこんなに贅沢なことだとは、夢にも思っていませんでした。

夜は、ベネチアで生まれ育ったビバルディの弦楽四重奏を聴きに行きましたが、
街の中心である、サンマルコ広場の脇の教会を改築したホールで、
かの有名な「四季」の生演奏を聴けたのには感無量でした。
アコースティックな音が細胞の隅々に染みわたるのがわかりました。

今回の渡航の目的であるサイモントン療法の国際会議が行われたフィレンツェでは、
仕事の合間を縫ってベッキオ橋のかかるアノル川のほとりを散歩したり、
死ぬ前にいちど観てみたかったボッティチェリの「ヴィーナス」と「春」を
美術館で鑑賞することができたり、仕事仲間と地元料理に舌鼓を打ったりと、
まこと人生の喜びとはこのことを言うのだなぁと、じんわり感じ入っています。

こんな経験を陰で支援してくれている家族にも、
離れてみると、感謝と愛情がこんこんと湧いてくるのものです。

日本はシルバーウィーク真っ只中でしょうか。
お休みの方も、お仕事でお忙しい方も、たくさんの喜びに満たされますように。

また日本でお会いしましょう!

apples

断捨離メルマガ読者の方からいただいた、
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――――――――――
Q:時間に厳しすぎる私…

時間に変なこだわりがある自分に悩んでいます。

私は何にせよ、約束の時間より早くその場に着いていないと気が済みません。
大学生の時も好きな席に座れないのが苦痛で、誰よりも早く登校していました。

結果、私が一番学校から遠かったにも関わらず、
皆の席取りの役を任されていました。

病院や美容院の予約、人との待ち合わせなどの場合は
常に15-20分前には着いているので、間際まで近場で調整して
丁度良い頃合いを見計らってその場所に行くようにしています。

時間にルーズな友人とは関係も長続きしません。

また、主人が人と約束のある日になかなか出かけないと、
間に合わなかったらどうするのかと私の方が不安になり、
イライラしてしまいます。

私は全く几帳面な性格ではなく、どちらかと言えば抜けているタイプです。

それなのに時間に対してだけ異常にナーバスになる自分がよくわかりません。

時間が余分にかかって勿体無いし、やはり気持ちも疲れるので、
この変なこだわりを手放したいといつも思います。

でも、そうせずにいられない理由がわからないため、
長年変われないままです。

一体、どうすればよいでしょうか?

【40代 自営業 まりりん様】

―――――――――――――――――――――――――――――

FROM 川畑のぶこ

まりりんさんのように、
約束の時間より早め早めに行動することを好む人というのは
世の中に多く存在します。

周囲からはとても誠実で信頼できる人として映ることと思いますし、
このこと自体は、むしろ社会面からもプラスにはたらくことでしょう。

早く行動しないと気が済まないことを
「変なこだわり」ととらえていらっしゃいますが、
「それが私のニーズ(心理的欲求)であり、個性」ととらえることも出来ます。

段取りやタイムフレームを狂わせること無く、計画通りにいくことに
充足感を得ることは私たちの大切な欲求です。

ただしこれも程度問題で、
これが強い人もいれば、そうでない人もいるわけですね。

「私はその欲求が強いのだな」と
そこにジャッジを加えずに受け止めてみます。

そして、周囲には、まりりんさんが時間に関して
「早め早め」というニーズを持っているのと同じように、
出来る限り時間に縛られず、ゆったり自由に過ごすことを
心の欲求としている人たちもいます。

どちらが良い悪いではなく、それぞれの人生に求めるニーズが違うのです。

このこと自体はOKです。

苦しみは、互いに自分のニーズの方が正しいとか、間違っているとかと
判断を下してしまうことにあります。

これはあたかも、お腹を満たすのには米が正しいのだ、いや、パンだ、
いやいや、ジャガイモだという議論に似ています。

お腹の満たし方に何が正しい間違っているは無く、ただ違いがあるように、
人生の満たし方も違いがあり個性があります。

ジャガイモは嫌いなら食べないと決めるのも良いでしょうし、
たまには味わってみるかというのも良いでしょう。

ところが、繰り返し、いずれもどちらが正しくて間違っている
ということではありません。

世の中の不和は、概ねこのような関係性を俯瞰視できないことによるもので、
どちらが正しくどちらが間違っているか、
あるいはどちらが優れていてどちらが劣っているか、
白黒はっきりさせたいという心理的な駆り立てによって生じています。

問題は時間にきっちりしている人がいることでもなく、
時間に頓着が無い人がいることでもありません。

互いに自己正当化がはたらき、
相手への、そして自分自身への理解が薄く寛容になれないことです。

時間にまつわる私の個人的な経験をシェアしますと、
日本国内でも地域によって、時間に対する姿勢が違うように感じます。

沖縄では、講演が始まる10分前になっても会場に人が集まらないことは
ざらですが、時間になると席が埋まります。
ときには10分遅れで満席になることもあります。

東北では10分前には殆どの人が席についています。

それでも講演自体は機能しますし、参加者の人生も機能しているのです。

友人にほぼ毎回の約束に20-30分くらい遅れてくる人がいますが、
そのことに対して「不誠実だ!」「私の段取りを狂わすとんでもない人間!」
とイライラすることもできれば、決別することもできます。

しかし、単に「それが相手のニーズなんだな」と理解することもできます。

時間の価値観は違っても、私はその友人を人間として好きなので、
うまくつきあいたいと思っています。

ですので、その相手と約束するときは、
20ー30分前倒しで約束をするように心がけています。

もし相手が時間通りにきたら20-30分のゆとりができますし、
遅れて来ても予定通りです。

対人交流をするときに、
何が正しいかとか間違っているという価値感からではなく、
何が機能するかな?という視点から関わってみると良いと思います。

ちなみに、私が本日から出張するイタリアは
電車が20ー30分遅れても誰も文句を言わないそうです。

イタリアに留学していた友人は、
講師が2時間遅れてきて何も無かったように授業が始まったと言っていました。
それでも地球は回っているのですね。

無理に変わろうとせず、
自分も相手もそれぞれのニーズがあるということを受け入れてみてください。

まずは、自分にやさしくなってあげてください。

PS
★自分と相手に慈悲を育む
ー チベット仏教僧侶・ダライラマ法王主治医
Dr. バリー・カーズィン来日イベントのご案内★
(川畑のぶこも登壇)

【1】11月3日(火・祝)10:00 -17:00[1-DAY]
ハートシェアリングフォーラム
『共に病に臨みいのちの大切さを知る私たち』
※どなたでもご参加いただけます。
詳細・お申込み ⇒ 【 http://peatix.com/event/113683

【2】11月7ー8日(土日)[2-DAY]
『幸せの処方箋』慈悲を養う瞑想研修会
※どなたでもご参加いただけます。
詳細・お申込み ⇒ 【 http://peatix.com/event/113762

150914

皆さん、こんにちは。川畑のぶこです。

今日はキッチンからお送りします。
私の横にある大きな瓶。
中に入っているのは自家製サングリア(もうだいぶ減っていますが)。
今回は赤ワインをりんごジュースで割って、フルーツをたくさん漬け込みました。

実は、週末に息子の誕生日があり、人がたくさん集まったのです。

土曜日は、メキシコ料理のタコスを作りました。
私がかつて長く住んでいたカリフォルニアでは、
メキシコ料理と言うと本当にお手軽で、スナックのような感覚ですが、
日本だとあまり馴染みがなく、何だかすごくエキゾチックで、
「おー!」と言われるのですが、手抜き料理です(笑)。

サングリアはたっぷり作ったので、まだ残っています。
「まだあるなぁ」と横目で見ながら、ノルマを達成すべく(!)
朝から、昼から、気になるときに、チビチビと飲んでいます(笑)。
 
タコス同様、サングリアも割と華やかに見え、「お!」と言わせる効果がありますが、
これも手抜きの出し物です(笑)。ぜひぜひご活用くださいませ。

さて、今回は非常にシンプルに、3行でご質問をいただきました。
「過去との決別の仕方」について、40代の女性からのご相談です。

「過去に囚われています。
既に結果が決まったことに対して、あーすれば良かったと後悔してしまいます。
過去との決別の仕方を教えて下さい」。

人生を送る以上、後悔はつきもの。
仕方のないこと、と割り切ることは大切です。

ただし、「比較的いつも後悔ばかり」という場合は、
少し不健全な後悔の仕方をしている可能性がありますので、
ものの見方を変えてみることも必要になってくるかもしれません。

反省はいいことです。
私たちは、反省しなければ未来によりよい違いをつくることはできません。
ただ、私たちのQOLを落とさない程度に、がポイントです。

そして、キーワードは「ビリーフ(信念)」。

続きは、ビデオでお話ししています。

https://youtu.be/yUJR2C7ii7Y

 

 

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Frisch gekochtes Kompott aus Aprikosen mit Vanille, Zimt, u.a. Gewrzen

FROM 川畑のぶこ

「幸せに生きるにはどうしたらいいんですか?」

こんな漠然とした質問をたびたび受ける。
もし、この質問に一言で答えられる人がいるなら
私のほうが教えてもらいたい。

幸せの感じ方は人それぞれ。
人とのつながりに喜びを感じる人もいれば、
自然とのつながりに幸福を見いだす人もいるよう。

何かを達成したことで充足感を得ることもあれば、
人の役に立てたときに生き甲斐を見つけることもあるだろう。

美味しいものを食したり美しいものを目にしたときに、
あぁ、生きててよかった!と細胞レベルでいのちに感謝するかもしれない。

幸せに生きるには… そのためには某かの条件が整ったら―
たとえば
お金持ちになったらとか
欲しい物が手に入ったらとか
好きな人と一緒になれたらとか
某かの条件が整ったのなら得られるものと思っている人も多いよう。

されど人間とはまこと欲深く、ついこの間まであれほど切望していたのに、
ひとたびそれが手に入ったのなら、喜びもつかの間、
すぐにまた足りないものに目が向き、それらが手に入らない不幸を罵り、
幸せになれないと感じたりするもの。

恋人さえいれば…
結婚さえすれば…
子どもさえいれば…
もう1人子ども産めれば…
こんなに産みさえしなければ…

何度となく臨床で耳にしたこれらの言葉。

それらの条件を求めている限り、幸せとはまるで影踏みのように
たどり着いたと思ったとたんに足下からスルリと逃げ去るよう。

幸せとは「何かを手に入れる」結果訪れるものではなく、
その瞬間その瞬間、目の前に展開されていることに幸せを感じること
のできる力のことをいうのだと、つくづく思う。

一定の条件を全て持ち備えている人ではなく、
どのような条件下でも、そこにそれなりの気づきや感動をもって、
前進する力に転化することが出来る人こそ、真の幸せな人ではないかと。

幸せのレセプタを磨くとでも言おうか、開発するとでも言おうか。

そのためにはまずそのことを意識することがキモかと、
今この瞬間、身の回りに起こっていることで、喜ばしいことやありがたいこと
を意識してみることからはじめてみると良いのでは、と伝えることにしている。

そして、それも難しいというのであれば、
もうひとつ、己に究極の質問をしてみる。

「もし今日が人生最後の日だったら?」と…

チベット仏教の僧侶たちは、
混乱したら「今日死ぬ」ことをイメージするのだそう。

死の瞑想を行うことで、
いったい今の自分にとって何が真に大切なのか、
人生のプライオリティーが明確になって頭の中が澄んでくるのだそうだ。

実はこれ、私自身も日々パクリで実践しているアプローチ。

壁にぶつかったり、判断に迷ったりしたときは、
「もし今日死ぬなら、あんたはどうするの?」と己に問うことにしている。

すると明瞭な答えが、おなかの底あたりから自然と湧いてくる。

死を意識するというのは、生を意識することに他ならない。

生を輝かせたいと思うなら、人生に限りのあることを知り
一瞬一瞬、目の前に展開されている奇跡に注意を払ってみてほしい。

全てに感動するのは無理にせよ、はっとする瞬間があるはず。

人生なかなか捨てたもんじゃない…
そう思えたなら、それは十分幸せなことではないでしょうか。

PS
★ チベット仏教僧侶・ダライラマ法王主治医
Dr. バリー・カーズィン来日イベントのご案内★
(川畑のぶこもプロジェクトチームの一員です)

【1】11月3日(火・祝)10:00-17:00[1-DAY]
ハートシェアリングフォーラム
『共に病に臨みいのちの大切さを知る私たち』にて
Dr.カーズィン講演「死と向かい合い・生と向かい合う術」
※どなたでもご参加いただけます。
詳細・お申込み ⇒ 【 http://peatix.com/event/113683 】

【2】11月7〜8日(土日)[2-DAY]
『幸せの処方箋』慈悲を養う瞑想研修会
※どなたでもご参加いただけます。
詳細・お申込み ⇒ 【 http://peatix.com/event/113762 】

150907

皆さん、こんにちは。川畑のぶこです。

私の背後にあるのは、新しいピアノです。
皆さんにはおそらくグランドピアノに見えると思うのですが、
実は、グランドピアノ“風”の電子ピアノなのです。
(ハイブリッド・ピアノと呼ばれるらしいです、笑)

この家は設計上、大きい引き戸や窓がなく、
以前あったアップライトピアノが入らなくなってしまったので、
それは友人宅にあげて、その家にあった電子ピアノを借りていたのですが、
息子も最近ピアノを習い始めて、長く続きそうな感触なので、
この機会にグランドピアノ型のものに買い替えたというわけです。

今回、このグランドピアノ“風”が入ったことによって、
その昔、一度は音大を目指した私の夢が一部叶ったということもあり、
ちょっとウキウキ、モチベーションが上がっています。

さて、今日は40代のよしさんという方(性別は分かりません)からの
「怒られるのが怖い」というお悩みです。

「仕事などで怒られた時に、とにかく怖くなってしまいます。
『もうこの人いらない、首にしたい』と思われているのかとか、嫌われたとか、恥ずかしいとか、
怒られた内容とともに、色んな思いがくっついてきて、血の気が引きます。

萎縮してしまい、動機がしてしまい、どうしたらいいかわからなくなります。
残りの時間も、家でもずっと引きずります。
失敗するのが怖くなり、もう仕事に行くのが怖くてしかたなくなります。
それで辞めてしまったこともあるし、その恐怖があることで、
仕事が長く続けられないという思いがあります。

心におこる動揺をどうしたら、扱えるようになるか知りたいです。」とのことです。

とても繊細で真面目な方なのでしょうね。
仕事や周囲の人々と誠実に関わり合おうとしていることが、文面からも伺えます。

まず、「怒られた」のか、はたまた「注意された」「間違いを正された」のか、
そのどちらなのかを、正しく捉えましょう。

そして、ご自身がおっしゃっている「色んな思いがくっついてきて、血の気が引きます」
という点について、この「色んな思い」というのが、
実際に相手や周囲が思っていることなのか、よしさんがそのように思い込んでいることなのか。
ここをきちんと区別していくことが、大切です。

人間というのは、失敗を免れない存在だというのをきちんと知っておくことも必要ですね。

続きは、ビデオでお話ししています。

https://youtu.be/5QoJf_Smf_I

 

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