心のケア・精神の悩み

maxresdefault(大)

もや美さん(50代・女性・パート)
のご相談にお答えします。

【Q】53歳です。
夫と二人暮らしで、子どもは
社会人として独立しています。

最近、SNSを見るたびに
気持ちが沈んでしまい、
悩んでいます。

同年代の友人や知人が、
旅行に行ったり、
夫婦で仲良く過ごしていたり、
子どもが活躍していたりと、
 
楽しそうな様子を
投稿しているのを見ると、
素直に「いいな」と思う反面、
自分の生活と比べてしまい、
なんとも言えない気持ちになります。

私は別に不幸というわけではなく、
日々それなりに
穏やかに暮らしていると思います。

でも、SNSで他の人の生活を見ると、
「私の人生はこのままでいいのだろうか」
「何か足りないのではないか」
と感じてしまいます。

本当は見なければいいと
分かっているのに、つい開いてしまい、
見たあとに落ち込む、
ということを繰り返しています。

若い頃ならまだしも、
この年齢になっても
他人と比べてしまう自分が情けなく、
そんな自分にさらに落ち込んで
しまうこともあります。

人と比べずに、自分の人生を
大切にしたいと思っているのに、
それがなかなかできません。

時間が空けば手が
自然にスマホに伸び、
SNSを開いてしまう習い性も、

幼稚だなと思う一方で、
それをやめる勇気は
今の私にはありません。

依存まではいっていないと
思いたいですが、
これは依存のレベルでしょうか?
自分軸が、ないのでしょうか?

【A】SNSを見るたびに、
なんとなく気持ちが沈んでしまう。

本当は見なければいいと
分かっているのに、
つい開いてしまって、
見たあとにまた落ち込む……
という、もや美さん。

日々それなりに穏やかに暮らしている。
決して不幸ではない。

でも、同年代の人たちの
楽しそうな投稿を見ると、
「私はこのままでいいのかな」と、
どこか満たされない気持ちに
なってしまうのですね。

そして、そんなふうに
人と比べてしまう自分を、
情けなく感じてしまう…。

これ、実はとても多くの方に
起きていることなんですね。

まずお伝えしたいのは、
これはいわゆる“依存”というよりも、
物事の受け止め方のクセが
影響しているケースが多い、
ということです。

SNSというのは、どうしても
その人の「見せたい一部」が
切り取られた世界です。

そして私たちもまた、無意識に
「いいな」と思う部分ばかりを
拾って見てしまう。

その状態で比べてしまえば、
気持ちが落ちてしまうのは
ある意味自然なことなんです。

なので、大切なのは、
比較をやめようとすることよりも、
「どう見ているか」に気づいていくこと。

そして、自分がすでに持っている
ものにも、少しずつ目を向けて
あげることです。

もし同じように、SNSを見て
気持ちが揺れてしまう方がいらしたら、
今回のお話は
参考にしていただけると思います。

続きはビデオでお話ししています……

ーーー

★あなたが今抱えている『悩み』を
お聞かせください。
ご相談はこちらのフォームから。

https://business.form-mailer.jp/fms/99a39ced23382


こちらからYouTubeチャンネルに登録すれば
新しいVideoを見逃すことなくご覧になれます。↓
https://www.youtube.com/user/kawabatanobuko

ーーー

【川畑のぶこからのプレゼント!】

★「ココロの学校」LINE公式アカウントに
ご登録いただいた方に、川畑のぶこからの
2大プレゼントを差し上げています!

詳しくはこちらをご覧ください♪

【LINE登録】いただいた方への スペシャルプレゼント!

 

Younf,Female,Sitting,Alone,In,Green,Forest,Enjoys,The,Silence

【Q】アラサーの独身女性です。
メルマガを楽しく拝見しています。

3年ほど前に膠原病の難病を発症した
のをきっかけに、自分の荷物、
実家の大量の荷物の断捨離を始めました。

年齢もあり、友人は結婚・妊娠出産や、
仕事ではキャリアアップしている人が
多いです。

その中で、比べたくなくても
つい周りと比べて、
人生に苦しみを感じています。

薬の副作用の影響などもあると思います
が、ついネガティブになります。

仕事も満員電車で通勤できなくなった
ことを契機に、辞めました。

同棲していた彼氏とも別れ、残すのは
親の介護くらいだなと思ってしまいます。

難病持ちで、結婚も無理そうだと
諦めています。

仕事はやっとリモートでできるパートを
見つけましたが、給与は低いので
一人暮らしに戻るのもきつい状態です。

どうやって人生に希望を見出せば
いいかわかりません。

【ててまる・30代・女性・パート事務】

【A】ててまるさん、メルマガをいつも
読んでくださりありがとうございます。

そして、大変な状況の中で
ご相談くださりありがとうございます。

難病の発症、辞職、同棲していた彼氏
との別れ……これらは、どれか一つでも、
人生を揺るがすような出来事です。

それが3年の間に重なったのなら、
希望が見えないと感じてしまうのも
当然のことだと思います。

さらに、薬の副作用があるのなら、
前向きになれないのは
仕方のないことです。

どうか、今はまだショック期なので
無理に走り出そうとせず、
前進するエネルギーを蓄えている
時期だと思ってください。

このように重いと感じている人生で、
「残されるは親の介護くらい」と
思っていらっしゃるとのことですが、

なるほど、ここに、
ててまるさんの人生のパターンを
垣間見る気がしています。

すなわち、
どんなに自分の人生が重くても、
なんらかの目に見えるかたちで
誰かの役に立てていなければいけない、

それができるか否かで
ご自分の人生の価値が決まってしまう
と思っていらっしゃいませんか?

もしかしたら、
友人と比べてしまうのも、
根っこはおなじかもしれません。

「結婚」「出産」「キャリア」……

社会から見てわかりやすい価値で
あったり、マジョリティーが
「こうあるべき」と信じているであろう
物差しで、自分を採点してしまう。

でも、その物差し、
真にててまるさん個人の幸せや豊かさ
に役立つのでしょうか?

ててまるさんは、難病を発症してから
断捨離を始めたとのこと。

ここで「モノ軸」を手放すと同時に、
ぜひ、「他人軸」も手放すタイミングに
していただきたいです。

希望というのは、必ずしも
「大きな達成を思い描いたり
夢を持ったりすること」ではなく、

今日この日、目の前に
展開されている物事のなかに、
自分が感謝できることや
心地よく感じられることを見いだして、

それらをありありと味わうことの
積み重ねだと私は思っています。

リモートのパートを
「やっと見つけた」というのは、
まぎれもなく、ててまるさんが
諦めずに動いたことにより
生じた大切な第一歩です。

小さく見えても、重い人生を抱えながら、
ててまるさんが、自分の足で踏ん張った
大きな一歩なのです。

どうか、それを過小評価せずに
きちんと認めてあげてください。

断捨離は、今はお役目御免となった
古い価値観を手放し、
「今の私」にふさわしい価値観を
新たに選び取るプロセスでもあります。

多くのものを失ったと感じるかも
しれませんが、それは同時に、
「かつての重荷」を下ろしている
プロセスでもあります。

満員電車に「乗れなくなった」のは、
もしかしたら「乗らなくてすむように
なった」のかもしれませんね。

健康でキャリアを積んでいる人が
必ずしも「満たされている」とは
限りません。

人生の質は、
外側の条件(結婚、仕事、年収)ではなく、
自分の内面とどう折り合いをつけて
いるかで決まります。

難病という制約があるからこそ、
他の人が一生気づかないような
「日常の尊さ」や「命の深み」に
触れる機会を、ててまるさんは
得ることもできるのです。

ててまるさんの人生は、
まだ発展途中です。

こんな状態になるなんて考えても
みなかったということが起こった
のと同じだけ、

人生には、今はまだ見えていない
素敵な景色が、少し先には
広がっている可能性だってあります。

必要なときは
素直に助けを求めてみてください。

心の専門家にまだかかっていない
ようであれば、一度つながってみる
ことをおすすめします。

難病の患者会やコミュニティに
身を置くことで、

「自分だけじゃなかった」という
つながりの感覚を取り戻し、
癒やしがもたらされるかもしれません。

ご自身を大切に、
今できる目の前の一歩をたたえながら
丁寧に歩んでみてください。

ー川畑のぶこ

——*——*——*——

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから

スクリーンショット 2026-03-19 14.19.46

本日は、川畑のぶこからの春のメッセージ
と特別なご案内をお届けします。

———————–

FROM:川畑のぶこ

桜の便りが届き始めるこの季節、
皆さまはいかがお過ごしでしょうか。

新しい始まりへの期待の一方で、
ニュースから流れる不穏な社会情勢や
物価の高騰、あるいは
鏡を見るたびに感じる年齢の変化など、

正体のわからない「漠然とした不安」
に心が揺らぐことはありませんか?

今日は、そんな不安の波に飲み込まれ
そうなときにこそ思い出してほしい、
私の大切な二人の師のエピソードを
お話しさせてください。

今から25年前、
2001年9月11日の翌日のことです。

アメリカ全土が未曾有のテロの衝撃に震え、
ロサンゼルスの街も言いようのない
混乱と恐怖に包まれていました。

世界が一変してしまったかのような
重苦しい空気の中、私は、
予定していたセーリング・セッションは
当然中止だろうと思い、

師であるカール・サイモントン博士に
電話を入れました。

ところが、受話器の向こうから返って
きたカールの言葉は、
あまりにも静かで、意外なものでした。

“Why not ?” (なぜ?もちろん行くよ)

呆気に取られつつも、
近所マリナ・デルレイにある
ヨットハーバーへ向かうと、
海の上には私たちの他に誰もいません。

驚くほどのベタ凪、
そして吸い込まれるような快晴。

最高のセーリング日和でした。

世界中がパニックに陥り、
悲劇的なニュースが駆け巡っていると
いうのに、カールは一言も
テロの話題を口にしませんでした。

彼はただ、ひたすら波と向き合い、
風を読み、帆と対話をしていました。

いつもなら
セーリングの技術を教わりながら
ミーティングをする習わしでしたが、
その日の私は、言葉を超えた
もっと大事なものを学んだ気がします。

「外側の世界がどれほど激しく
 揺れ動いていても、
 自分自身の真ん中にある『静寂』は、
 誰にも奪わせない」

カールのあの背中こそが、
私が目指すべき「最高の安心」の体現
だったのです。

このエピソードを思い出すとき、
私の中でもうお一人の
大切な先達の姿が重なります。

カール・サイモントン博士と
深い魂の交流を持たれていた、
日本ホリスティック医学協会名誉会長で、
90歳にして現役医師の帯津良一先生です。

帯津先生と私のご縁もまた、
26年(四半世紀)に及びます。

かつて帯津先生は、私の著書に
寄せてくださった推薦文の中で、
初めてカールに会った時の印象を
こう綴られました。

「彼の口から景気のいい話は
 一切出てきません。
 
このことから、
 『現場の人だな』と思いました。

 現場で、いつも心底苦労している人
 というものは、決して断定的で
 景気のいい話はしないものです。

 つまり、歯切れがよくないのです。

 その歯切れのよくない話を
 聞いているうちに、彼の眼の中に、
 哀しみが宿っていることに
気がつきました。

 精悍な風貌の中にある哀しみ──」

帯津先生は、カールが単に
「明るく前向き」なだけの人ではない
ことを見抜いておられました。

何万もの「いのち」の現場に立ち、
死の淵にある方々と向き合ってきた
二人だからこそ分かち合える感覚。

それは、

「明るく前向きな心ほど
 脆いものはない」

という厳粛な事実です。

帯津先生はこう続けます。

「人は、哀しみの大地に
 希望という木々を育てて生きます。
 
 希望が達成されたとき、心がときめく。
 
 ときめきが重なると、
 人は放っておいても
 明るく前向きになります。

 この明るく前向きな哀しみから
 出発しているからこそ、
 人はそれほど脆くはないのです」

90歳を迎えられた今も、
現役医師として「攻めの養生」を
説き続ける帯津先生。

講演も毎回スライドも使わず、
原稿も読まず、立ったままで
与えられた時間ぴったりに、
心打つお話をしてくださります。

内容もさながら、私は毎回
帯津先生のその姿勢に
インスピレーションを得ます。

先生の存在そのものが、
まさに「ときめき」という
生命エネルギーの塊です。

私たちの周りには、これからも
不安の種は尽きないかもしれません。

しかし、カールの示した
「Why not ?」の不動心、

そして帯津先生が説く、
哀しみを受け入れながらも
細胞をときめかせる「養生の智慧」
を知っていれば、

私たちはどんな波も
自分自身のリズムで乗りこなして
いくことができると感じています。

そして今回、尊敬する帯津良一先生
と共に登壇させていただく
ありがたい機会を得ました。

帯津先生と私とで、医学と心理学の
両面から、ホリスティックに
人生と健康にアプローチします。

一時的な解決策ではない、
一度根を下ろせば誰にも奪われること
のない「一生モノの智慧」を、
ぜひ受け取りに来てください。

——*——*——*——

【帯津良一×川畑のぶこ講演会】
 
90歳の現役医師・帯津良一と川畑のぶこが
いくつになっても健康で元気に過ごす
生き方についてお伝えします。

「豊かな日常をつくる
 ホリスティック養生訓
 ─ 心から健やかになる暮らしかた ─」

詳細&お申し込みはこちら

——*——*——*——

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから

maxresdefault (2)(大)

お茶さん(30代・女性・主婦)のご相談にお答えします。

【Q】こんにちは。
川畑先生のお悩み相談の回答を、
いつも楽しみにしています。

先生の的確で温かな回答から
生きるヒントを得ています。

さて、私の最近の悩みは、
義父の義母への態度です。

背景として、義両親は、
義父の両親から引き継いだ病院を
経営しています。

以前は経営が上手くいっていた
ようですが、今は赤字のようです。

義父は、35年ほど前から
新興宗教に夢中になっていて、
結構な額を献金したり、
私達を勧誘したりしてきます。

そして、15年ほど前から
不倫をしているようです。

この件は、私が外出先で
義父と見知らぬ女性が
歩いているのを偶然目撃して、
夫に尋ねて知りました。

義母も知っているそうです。

このような義父ですが、
義母の私に対する態度が
酷すぎると怒ってくれたり、
義母以外の家族には優しいです。

ですが、義母に対しては、
暴言の連発です。

誕生日会やクリスマス会など
年に6回ほどは義両親と私達家族で
集まって食事をするのですが、

私達の前でいかに義母の振る舞いで
自分が迷惑しているかということを
語り、義母のことをこき下ろします。

「養ってやっているんだから」や
「義母は僕の寄生虫だ」が口癖です。

そして、ついに先日は、
食事中に義母がこぼして騒いでいると
「死ね!」とまで言い放ちました。

ちなみに、義父が主張する、
義母の言動で迷惑していることは、

経営の仕事を一緒にする上で、
義母が義父に嘘をつく、

会計面で大雑把、
勘違いや覚え違いが多く
会話が成立しない、
否定ばかりすること、などで、

仕事以外では、義母の言動は
それほど気にならないそうです。

義父が義母をこき下ろす間、
人前では、義母は義父に
言い返したりはあまりせず、
黙っています。

夫によると、義両親2人の時は
言い合いになることもあるようです。

夫は見ているだけです。
私が義母を庇うような発言をすると、
義父は、火に油を注いだように
ますますまくし立ててきます。

義父のモラハラについて、
夫に何度か話したことがあるのですが、
昔からあの2人はああいう感じで、
夫婦としては終わっているんだ、
と話しています。

夫は、子どもの頃から
そんな両親の関係に
自分は関与しないという姿勢を
とってきたようですが、

一方では、
職場で父のようなモラハラをする
上司に耐え続けてしまい、
適応障害になって
離職したこともあります。

私は、子どもの前でそのような
様子を見せるのが嫌です。

義母と私は相性が良くないと
感じることもあるのですが、
たとえ義母じゃなくても
他人が罵られている様子を
見るのは辛いです。

このような状況で、
なんとかしたい場合、
川畑先生ならどのように
考えられるでしょうか。

アドバイスをいただけたら幸いです。

【A】義父が義母を激しく罵る
場面に立ち会うたびに、
「なんとかしなければ」と
感じてしまう——

お茶さんのその感覚は、
とても自然で健全なものです。

本来、家族での食事の場は
安心やぬくもりを分かち合う場所。

そこに暴言が飛び交えば、
つらさや違和感を覚えるのは当然です。

ただ、この問題は
「義父を止めれば解決する」
というようなシンプルな構造では
ありません。

長年の夫婦関係の中で築かれてきた
関わり方や、経営のストレス、
信仰、不倫など、
さまざまな要素が絡み合い、

一つの“関係のかたち”として
固定化されています。

そのため、外側から働きかけて
変えようとすることは、
現実的にはとても難しいものです。

さらに、第三者が介入することで
かえって関係がこじれたり、
結束が強まってしまうことすらあります。

だからこそ大切なのは、
「相手を変えること」ではなく、
「自分の立ち位置を整えること」。

無理に正そうとしたり、
誰かを救おうと背負い込む必要は
ありません。

つらい場面からは距離を取る、
滞在時間を短くする、
子どもを守るためにその場を離れる——

そうした“境界線”を持つことは、
決して冷たいことではなく、
自分と大切な人を守るための
健全な選択です。

また、ご主人に対しても
「どうして止めないのか」と
責めるのではなく、
「私はこの状況がつらい」と
自分の気持ちを伝えることが大切です。

相手を変えることはできなくても、
自分の関わり方や距離の取り方は
変えていけます。

その一歩が、心を守ることに
つながっていきます。

続きは動画でお話ししています……。

続きはビデオでお話ししています……

ーーー

★あなたが今抱えている『悩み』を
お聞かせください。
ご相談はこちらのフォームから。

https://business.form-mailer.jp/fms/99a39ced23382


こちらからYouTubeチャンネルに登録すれば
新しいVideoを見逃すことなくご覧になれます。↓
https://www.youtube.com/user/kawabatanobuko

ーーー

【川畑のぶこからのプレゼント!】

★「ココロの学校」LINE公式アカウントに
ご登録いただいた方に、川畑のぶこからの
2大プレゼントを差し上げています!

詳しくはこちらをご覧ください♪

【LINE登録】いただいた方への スペシャルプレゼント!

 

Senior,Woman,Walking,With,Dog,In,Park

【Q】75歳の母のことでご相談です。
母は私の家から徒歩10分ほどの実家で
一人暮らしをしています。

昨年、18歳まで生きた愛犬を看取り、
その数ヶ月後には闘病中だった父も
亡くなりました。

母はしばらく深い悲しみの中に
いましたが、最近ようやく少しずつ
元気を取り戻してきました。

そんな母が、ここへきて
「また犬を飼いたい」と言い始めています。

母は昔から大の犬好きで、
子ども時代・独身時代も含めると
5頭の犬と暮らしてきました。

昨年亡くなった犬も、散歩や世話は
ほとんど母が最後までしていました。

今度飼うなら、
小型犬で室内飼いができる犬、
幼犬でなく保護犬でもいいと言っています。

ただ、もし幼い犬を迎えた場合、
犬が10歳の時には母は85歳、
15歳まで生きれば母は90歳になります。

犬の世話に慣れている母なら
大丈夫かもしれないとも思いますが、
将来のことを考えると楽観もできません。

私も犬は好きなので、母の体調が悪い時
などは手伝うつもりですが、
それがずっと続けられるかどうかは
正直わかりません。

父と犬を続けて亡くし、寂しさを
抱えている母の気持ちは理解できます。

でも、だからといって、
「いいよ」と簡単に背中を押すのも
娘として無責任な気がしてしまいます。

母の気持ちを傷つけずに、この問題と
どう向き合えばよいのか悩んでいます。

犬を迎えることを止めた方がいいのか、
それとも何か別の形で母の寂しさを
支える方法があるのか、
アドバイスをいただけたら嬉しいです。

【ポチ・50代・女性】

【A】ご相談ありがとうございます。

お母さん思いのポチさんの気持ちが伝わり、
わんこオーナーの私もお話を伺って
切ない気持ちです。

お母様は18年間生きた愛犬を看取り、
その数ヵ月後に夫(お父様)も
亡くされたとのこと。

大切な家族を続けて亡くすことは、
人生のなかでもとても大きな
喪失体験であったことと思います。

ただ、そのような中で
「また犬と暮らしたい」と思えるように
なったのは、お母様の心が少しずつ
回復してきた兆しでもあると思います。

長年犬と暮らしてきたお母様にとって、
毎日散歩をしたり、話しかけたり、
世話をしたりしてきた犬は、
生活そのものであったと思いますし、

ポチさんの悩みも、そのことが
わかっているからこそだと思います。

心理学的な視点からは、
今回のご相談のテーマは、喪失のあとに
新しい愛着の対象を持てるかどうか
ということになります。

人は大切な存在を失うと、
もう二度と同じ悲しみを味わいたくない
と思う一方で、

それでもまた誰かを愛したい、
誰かを大切にしたいと願う心も
持っています。

その力は、人が人生を前へ進めるための
とても大切なエネルギーでもあります。

また、高齢者の心身の健康と
犬を飼うことには深い関係がある
という研究もたくさんあります。

東京都健康長寿医療センターが
行った研究では、
犬を飼育する高齢者では
フレイル(加齢にともなう心身の活力低下)
や自立喪失のリスクが
大幅に低いことを報告しています。

認知症リスクと犬飼育に関して、
約1万1千人の高齢者を対象にした
大規模研究では、

犬を飼っている人は
認知症発症リスクが約40%低く、
犬の散歩など運動習慣がある場合は
さらに低下することが報告されています。

死亡率・心血管疾患に関する、
メタ解析と呼ばれる複数の研究を
まとめたレビュー論文では、

犬の飼育は死亡リスクの低下と関連し、
特に心血管死亡の減少と関連という
結果が報告されています。

心理研究でも、ペットを飼う高齢者は
孤独感が36%低いという結果があります。

これらの研究から、
犬の健康に関するメカニズムとしては、

定期的な運動(犬の散歩 → 身体活動増加)、
規則正しい生活、社会交流(散歩で犬を通じ
て同じ関心を抱く人との会話が発生する)、
愛着の形成による孤独・抑うつの緩和
などが考えられます。

とはいえ、将来の責任をどうするか?
という現実的な心配は無視できませんね。

これから幼犬を飼うとなると、
犬が10歳のとき、お母様は85歳。
15歳まで生きれば90歳です。

もちろん、今どきの90歳は
お元気な方がたくさんですが、
その時の状況は誰にもわかりませんので、
年齢や体力、将来のことを
現実的に考える必要はあります。

ポチさんの迷いも、
「母の願いも大切にしたい」
「でも現実も考えたい」
という、両方を大切にしているからこそ
生まれているものだと思います。

ここで、ポチさんが「飼うか、止めるか」
という二者択一の決着をつける役割を
背負ってしまうと重たくなってしまいます。

そうではなく、
お母様の願いを尊重しつつ、
なにかのときの準備をしながら、
安心できるかたちを
一緒に考えていくことは可能です。

たとえば、お母様ご自身が
「保護犬でもよい」と
おっしゃっているのであれば、

お母様との年齢のバランスもとれて、
活動性もさほど高くない落ち着いた成犬
を迎えることができると思います。

小型犬であれば、散歩量が負担になる
こともないかもしれません。

さらに、もしものときの引き受け先を
あらかじめ決めておくことで、
安心できるかもしれません。

親族が引き取れるのか、
保護団体のサポートがあるのか、
出口を決めておくと、
不安はぐっと減ります。

昨今では、レンタル犬などのサービスも
提供されていますから、不安なら
お試しで一時的にワンちゃんを預かって
様子を見るのひとつかもしれません。

お母様が「また犬と暮らしたい」と
思えるくらい、元気になってきた喜びを
純粋に伝えつつ、現実的な問題を
丁寧に一緒に検討していくことで、

お母様も「娘が自分を大切にして
くれている」ということが伝わり
安心できることと思います。

今回のやりとりは、
母と娘の溝をつくるどころか、
愛情を交わし深める
またとないチャンスでもあります。

ぜひ、そのチャンスを
活かしてみてください♪

ー川畑のぶこ

——*——*——*——

【帯津良一×川畑のぶこ講演会】
 
やましたひでこと共著もある
90歳の現役医師・帯津良一と川畑のぶこが
いくつになっても健康で元気に過ごす
生き方についてお伝えします。

「豊かな日常をつくる
 ホリスティック養生訓
 ─ 心から健やかになる暮らしかた ─」

3月26日(木)まで
早割価格で参加できます

くわしくはこちら

——*——*——*——

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから

maxresdefault (1)(大)

なおさん(60代・女性・会社員)のご相談にお答えします。

【Q】62歳・会社員です。
子どもは独立し、夫と二人暮らし。

仕事も続けていますが、ここ数年、
過去の出来事が何度も頭に浮かび、
そのたびに強い怒りや後悔に襲われます。

若い頃、職場で
理不尽に評価を下げられたこと。

義母との同居時代、数えきれないほど
言わずに飲み込んだ数々の言葉。

子育て中、周囲からの無責任な助言に
傷つきながらも、笑ってやり過ごしたこと。

本当は挑戦してみたかった仕事や役職を
「家庭があるから」と自分で諦めたこと。

当時の私は、波風を立てないことを優先し、
黙ることや身を引くことを選んできました。

でも今になって、
「あの時どうして言えなかったのか」
「どうして諦めてしまったのか」と、
自分自身への怒りと、
やるせない悲しみが込み上げてきます。

最近は親を見送り、人生の後半を
強く意識するようになりました。

だからこそ、

「私は本当に自分の人生を
生きてきただろうか」

「我慢ばかりで時間を使ってしまった
のではないか」

と思うのです。

思い出すたびに、
「あの時こうしていれば」
「もっと自分を守れたはずなのに」と
悔しさが込み上げ、

時にはこれまでの人生を否定したくなる
ほどの気持ちになります。

もう取り戻せない過去だと分かっている
のに、怒りと後悔が消えません。

「あの時言えなかった私」
「動けなかった私」と
どう折り合いをつけ、

これからの人生をどう生きていけば
よいでしょうか。
ヒントをいただきたいです。

【A】62歳という節目に差しかかり、
これまでの人生を振り返る中で、
「どうしてあの時言えなかったのか」
「どうして挑戦しなかったのか」
そんな怒りや後悔が湧いてくる——

なおさんのような思いは、
実はこの時期によく起こることです。

人生の役割がひと段落すると、
自分の歩んできた道を振り返る
「ライフレビュー」の時期に
入るからです。

そしてその中で、
これまで抑えてきた感情に
気づくことがあります。

でも、それは「間違った人生だった」
という意味ではありません。

当時のなおさんは、
家庭を守ること、
人間関係の調和を守ること、
子どもを育てること——

その時の状況の中で、
最善の選択をしていたのです。

何も選ばなかったのではなく、
別の大切なものを選び取っていた、
ということです。

今になって後悔が出てくるのは、
経験を重ね、力も知恵もついた
今の自分が
「あの時ならもっとできたのに」
と思えるようになったから。

でも、それは、今のなおさんが
成長している証でもあります。

これから大切なのは、
過去を責め続けることではなく、
「これからどう生きるか」。

守る役割が少なくなった今だからこそ、
小さなところからでも
自分の気持ちを丁寧に表現してみる。

そして、あの時頑張っていた自分にも
「よくやっていたよ」
と声をかけてあげること。

過去の自分をねぎらいながら、
ここから新しい人生を始めることは、
いつからでもできるのです。

続きはビデオでお話ししています……

ーーー

★あなたが今抱えている『悩み』を
お聞かせください。
ご相談はこちらのフォームから。

https://business.form-mailer.jp/fms/99a39ced23382


こちらからYouTubeチャンネルに登録すれば
新しいVideoを見逃すことなくご覧になれます。↓
https://www.youtube.com/user/kawabatanobuko

ーーー

【川畑のぶこからのプレゼント!】

★「ココロの学校」LINE公式アカウントに
ご登録いただいた方に、川畑のぶこからの
2大プレゼントを差し上げています!

詳しくはこちらをご覧ください♪

【LINE登録】いただいた方への スペシャルプレゼント!

 

shutterstock_107813681

【Q】62歳の主婦です。
60歳を過ぎてから、
心身の不調に悩んでいます。

50代の頃は軽いホットフラッシュがあった
程度で、いわゆる更年期は「こんなものか」
とやり過ごしてきたのですが、
60代に入ってそれがひどくなりました。

健康状態も50代までは比較的良好で、
自分では「まだ動ける」「私は大丈夫」
と思っていたのですが、

ちょうど60になったくらいの頃、
ある日突然眠れなくなり、
そのまま気持ちが落ち込み、
軽い鬱と診断され、びっくりしました。

ひどい時は朝ベッドから起き上がれず、
「こんなはずじゃなかった」
と情けなくなりました。

心療内科に通い始めてもうすぐ1年半。
薬のおかげもあり、今はだいぶ回復しています。

けれど、「いつまで薬に頼るのだろう」
「本当に元の自分に戻れるのだろう」
と不安になることがよくあります。

50代の更年期の話はよく聞きますが、
60代になってからメンタル不調を経験する人
はあまり語られない気がして、
どこか取り残されたような思いもあります。

これまで家族のために動くことが当たり前で
「弱音を吐かない私」でやってきました。

もしかしたら、そうした生き方そのものに
無理があったのでしょうか。

ここ数年は、高齢の親の介護や実家の問題
なども重なり、気づけば常に気を張っている
状態でしたので、それも関係しているのかも、
とも思います。

断捨離では「今の自分に必要かどうかを問う」
と言いますが、役割や責任感、そして
“まだ頑張れるはず”という思い込みも、
手放す対象になるのでしょうか。

自分では思ってもみなかった60代のスタートに、
この先どうなるのだろうかと不安が拭えません。

こんな自分にこれからどのように向き合えば
よいのか、アドバイスをいただけたら幸いです。

【ミケ・62代・女性】

【A】ミケさん、ご相談ありがとうございます。

60代になって心身の不調が現れることは、
決して珍しいことではありません。

むしろ、これまで大きな問題なく頑張って
こられたミケさんのような方ほど、
人生の節目で「心と体の調整期間」
のような時期が訪れることがあります。

一般的に更年期は閉経前後の約10年
(45〜55歳頃)と言われますが、
実際には、その影響が60代まで尾を引く
ことも少なくありません。

理由はいくつかありますが、
まず、ホルモンの変化の余波です。

エストロゲンの急激な減少は、
睡眠・気分・自律神経に影響し、
これが数年遅れて不調として表面化
することがあります。

次に、人生の役割の変化があり、
60歳前後は、親の介護、子どもの独立、
夫婦関係の変化、体力の変化など、
人生構造が大きく変わる時期です。

そして3つめに、長年の緊張がほどける
時期であることです。

「家族のために頑張る」ことが当たり前
だった方ほど、その役割が一段落したとき、
心身が一気に疲れを出すことがあります。

いまの状態は、長い間がんばってきた
ミケさんの体と心が、
休息を求めているサインでしょう。

治療に取り組みながら、
休むこともときに人生の大切な仕事と
割り切って休んでください。

薬に関しては「依存するもの」と思うと
不安になりますが、回復のための補助と
受け止めてみてください。

足を痛めたとき
松葉杖を使うのは自然なことですが、
回復すれば、いずれ手放せます。

今すでに回復してきているとのことですが、
焦って薬をやめる必要はなく、
主治医と相談しながら、自然なタイミング
で減らしていくよう心がけてください。

また、「まだ頑張れるはず」という思い込み
はミケさんのように長年責任感を持って
生きてきた方ほど持ちやすい信念です。

若い頃は頑張ること、役に立つこと、
責任を果たすことなどを大切にした
価値観で生きてきたかもしれません。

けれど60代は、人生の第2章の書き換え
が始まる時期でもあります。

この先は、味わうこと、大切なものを
選びぬくこと、自分のペースで生きる
ことを大切な価値観へとシフトすること
が大切です。

「役割の断捨離」という視点も
大切にしてください。

断捨離は、物だけではありません。

「弱音を吐いてはいけない私」
「家族を支え続けなければならない私」
「まだ頑張れるはずの私」

それらの信念は、これまでの人生で
役立ってきた大切なものかもしれませんが、
これからの人生に必ずしも必要とは
限らないのです。

役目を終えた信念にも、
「ありがとう」と言って手放す段階かも
しれませんね。

過去の自分が最適解とは限りませんし、
過去への執着はときに私たちの心蝕みます。

人生は、無常です。

元に戻るものではなく、
常に新しい自分へ移行していくものです。

60代は体力は少し落ちますが
感受性はむしろ深くなり、人生の意味を
見つめ直す成熟の時期でもあります。

今起きている揺らぎは、
決して人生が崩れているのではなく、
再編成されている途中なのだと
信じてください。

ミケさんは、介護や実家の問題、
家族のサポートを担いながら、
長い間気を張って生きてこられました。

今は、体と心が発している
「少し休ませてほしい」というメッセージ
に耳を傾けてあげてください。

60代を、衰えを感じる時期としてでなく、
「生き方を軽くしていく時期」として
向き合ってみてください。

「もう頑張らなくてもいい部分は
 どこだろう?」と、
ご自身に問いかけてみてください。

それは、人生の荷物を減らしながら
よりミケさんらしく生きる準備です。

ミケさんのこれからの人生が、
「頑張る人生」から
「味わう人生」へと
やさしく移行していくこと
心から願っています。

ー川畑のぶこ

——*——*——*——

無限の清風が吹く 鎌倉・建長寺で
「自分に帰り、今・この瞬間を味わう日」
を一緒に過ごしませんか?

詳しくはこちらから

https://mindfulness2026.peatix.com

——*——*——*——

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから

shutterstock_1168521124

【Q】都心から東京都内の23区外へ
越して来て、3年半が経過。

今だに自然だけが多く、不便な暮らし
に慣れず、苦しんでいる毎日です。
時に明るい気持ちになる時もありますが、
また消えていきます。

主人が定年を迎える前に、
経済的なことを考え、また、
これから夫婦2人で健康なうちに
いろいろなことを楽しみましょう
という提案がありました。

産まれてから50歳になるまで、
引っ越しはありましたが
全て同じ区内での移動。

実家も近く、多くはありませんが、
気軽に会える友達もいました。

子どもも大学を卒業し
これから楽しみたい時でしたので、
私の本心としては
引越しには反対でした。

が、自宅、マンションも高騰し、
私は感情論でしか話せず、
諦めて承諾しました。

実際、自然が多く、毎日、
観光のような気持ちでおりましたが、
現実は生活が不便。

趣味の手芸材料も気に入った物が
近所では見つからず。

主人はこちらの環境に慣れ、
自然を通し、いろいろな趣味を見つけ、
人との交流も増え、仕事のお休みは
全てそちらに出かけます。

引っ越す前の友達とのお付き合いにも
たまに出かけて行きます。

その主人を憎むようになり、
そんな自分を嫌いになり、
抜け出せない毎日に
体調も崩してしまいました。

何も行動がとれず、このまま人生が
終わってしまうのかなと思いながら、
ただただ家事をする毎日です。

カウンセリングは受け、お薬も処方は
されましたが、原因が明確なので、
私には効きません。

過去の生活に戻りたいです。
これからどう進んでいけば
よいのでしょうか。

【じゅんちゃん・50代・女性】

【A】じゅんちゃんさん、
ご相談ありがとうございます。

慣れ親しんだ土地を離れ、新しい環境
での暮らしに心がついていかない…
その苦しさは、実際に経験した人に
しかわからない深いものがあります。

まして、半世紀にわたり築いてきた
生活、人間関係、安心できる居場所を
一度に手放したのですから、簡単に
適応できないのは当然のことです。

じゅんちゃんさんに起きているのは
「不便な暮らしへの不満」だけではなく、
これまでの人生の連続性が
断ち切られたような感覚、

いわば「心のホームベース」を失った
喪失体験に近いものではないでしょうか。

以前の生活には、気軽に会える人、
通い慣れた場所、自分らしくいられる
空気があったことでしょう。

そうしたものは利便性を超えて、
私たちのアイデンティティの一部に
なります。

ですので、それを失ったとき、
私たちは自分が自分でなくなったような
空虚感に襲われることがあります。

さらに、もう一つ苦しみを深くしている
のは、ご主人との適応の差でしょう。

ご主人は新しい環境で楽しみを見つけ
外へ広がっていく一方で、
じゅんちゃんさんは
内側に閉じ込められてしまう。

この対比は、「置いていかれた」という
孤独感や、説明のつかない憎しみにも
似た感情を生みやすいものです。

そして、その感情を持ってしまう自分
を責めてしまうという、
とてもつらい循環ですね。

ただ、その感情は、心が壊れている
サインではなく、むしろ大切なものを
失ったときに生じる自然な反応であり、
それほどまでに愛着を持てるものが
人生にあった証でもあります。

裏を返せば、そのような愛着を育む
ちからを本質的にじゅんちゃんさんは
お持ちということでもあります。

では、これから
どう進めばよいのでしょうか。

いまのじゅんちゃんさんにとって
鍵となるのは、「元に戻ること」を
目標にしないことです。

私たちは、過去に戻ることはできません。
ですが、過去にあった「大切な要素」を
今の生活に取り入れることはできます。

お見受けするところ、
じゅんちゃんさんのお住まいは
都心にアクセスしようと思えばできる
エリアですね。

そうであれば、たとえば、以前の街に
定期的に出かける日を作るとか、
旧友と会う予定を立てるとか、

好きだった趣味の環境をオンラインや
都心の教室に通うことで再開するなどです。

生活の拠点は変わっても、
生活圏まで狭める必要はありません。
心の居場所は一つでなくていいのです。

ご主人が地元で活動をしているからと
いって、じゅんちゃんさんもそのように
しなければいけないわけではありません。

じゅんちゃんさんなりの適応、
すなわち、地元と都心との
ハイブリッドで適応すればよいのです。

ぜひ、
「以前の生活で何が一番好きだったか」
「何が自分らしさを支えていたか」
を書き出してみてください。

そして、場所ではなく要素として見えて
きたとき、それを新しい形で
再び人生に取り戻す道が見えてきます。

ご主人にも複雑な気持ちをお持ちですが、
彼は決して敵ではなく
上手に新しい環境に適応できた人として、
じゅんちゃんさんを支える側に
回ってもらうこともできる存在です。

「私はまだ慣れていなくて、
 私なりの適応の仕方を模索中だから
 サポートしてくれる?」

と率直に協力のリクエストを
してみてはいかがでしょうか。

それは、弱さではなく、
関係を回復させる勇気でもあります。

また、家事をするだけの毎日と
感じていることが、無力感を
強めている可能性もあります。

人は誰かとのつながりや役割を持つことで
再び生きている実感を取り戻します。

小さくても構いませんので、
趣味の発信、学び直し、ボランティア、
オンラインの活動など、
外とつながる窓をひとつからでいいので
作ってみてください。

じゅんちゃんさんは、
このまま人生が終わってしまうのではと
不安に感じておられますが、実際には、
いまは第二の人生の設計図が
一度白紙になった状態とも言えます。

白紙は不安ですが、同時にこれから
何を描くこともできる余白でもあります。

50代は、義務の人生から選択の人生へと
移行する節目の時期であり、
そのために空白が生じるのは自然です。

じゅんちゃんさんのように人生を真剣に
生きてきた人だからこそ感じる痛みを、
変化に向き合う兆しと受け止め、
一呼吸おいて人生の大切な要素と
向き合ってみてください。

最後に、私自身のシェアを少しさせて
ください。

実は私自身も、港区、世田谷区と
20年以上住み慣れた23区を離れ、
都下に引っ越して1年が経ちました。

そして、その間、我が家を訪れた友人や
親戚の数は、私が都心に暮らしていた
ときの倍以上に増えたのです。

私が都心に出向かずとも
「来てみない?」と声掛けすると、
みんな喜んで遊びにきてくれました。

そう、友人らもまた変化のときで、
私の引っ越しに便乗して
いままでと異なるユニークな土地(価値)
での集いを楽しみにしてくれているのです。

じゅんちゃんさんももしかしたら、
一声かけさえすれば、そんな要素を
潜在的に求めている友たちが
喜んで会いに来るかもしれませんよ?

じゅんちゃんさんが新しい土地で
新しい価値観も取り入れながら
日々穏やかに楽しむことができますように。

応援しています!

ー川畑のぶこ

       
        

=====!開催決定!=======
「あなたの人生に必要な要素は?」
限りある人生を輝いて生きるための
断捨離✕終活ワークショップ
==================
日程:3/20(金祝)、4/23(木)、5/31(日)

講師:川畑のぶこ(心理療法家)
   原田千里(断捨離トレーナー)

詳細・お申し込みはこちら

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから

サムネ_20260208

こうめさん(50代・女性・看護師助手)のご相談にお答えします。

【Q】母のことです。
今、実家で母とわんこと3人暮らしです。
母は82歳、私は54歳、ずっと未婚です。

昔から私と母はよく衝突し、
20代の頃「離れた方がうまくいくのでは」
と家を出ることにしました。

少し過保護で心配性な母は渋りましたが、
意図を説明し納得してくれました。

実際離れると、母に対して
優しくなり関係が良くなり、
離れてよかったと思えました。

数年後、実家の近くに転職することになり、
給料面や通勤の便を考えて実家に戻ることに。
母も喜んでくれました。

しかしやはり、一緒に過ごすと衝突の日々。
その後、再び転職することになったため、
また家を出ることになりました。

そして何年か経った頃、
父が脳出血で介護が必要な状態になり、
そこから母一人での父の介護生活が
始まりました。

私はその時の自分の暮らしを変えたくなくて、
電話で母に「帰らなくてもいいよね?」と
尋ねたのです。

母は明るく「いいよ」と言ったので、
そのようにしました。

今思うと、なんてひどい娘かと、
そして、なんて娘想いのやさしい母かと、
情けなさと母への申し訳なさ、
感謝の気持ちが思い返されます。

しばらくして、タロットをしている友人
に相談したところ、介護の資格を取って
実家に帰ることを勧められ、
自分でも納得できたのでそのようにしました。

実家には帰ったものの、私は
自分の仕事(病院勤務)や遊びに忙しく、
父のことはほとんど母任せ。

父は入退院を繰り返し、在宅の時でも
ほとんど母が見てくれていました。
やっぱりひどい娘です。

父は10年ほど前に他界しました。
最後の方は母と手分けして介護しましたが、
そんなのは、その前に母がひとりで
担っていた年月に比べたら些細なものです。

父が亡くなり、母はそんなに
めそめそすることもなく、
そこからわんこと私との3人生活が始まり、
衝突しながらもわりと平和な日々を
過ごしてきました。

しかし、一昨年の12月に母が急に
「メールが打てなくなった」と、
自分でかかりつけ医に相談し検査すると、
脳梗塞を発症していたことが発覚しました。

特段の症状はなかったものの、
軽い認知症もあるとの診断。

普段は普通に生活できていて、
うちのこともやってくれるし
買い物や病院にも行けますが、
病院で先生の説明が頭に入らないので
私が付き添って行くようになりました。

あとは、買い物に行って買ったものを
置いてきてしまうことが数回。
細かい困りごとは
ちょくちょく起こりますが、
笑って済ませられるようなことです。

ただ、精神面にくることがあり、
一人で家にいると不安が募るようで、
私がきちんと伝えて遊びに行っても、
楽しんでいるところに電話をしてきて

「今どこにいるの⁈いつまでいるの⁈」
と怒りと不安がないまぜになったような
言い方をして、楽しい気持ちを
萎えさせられることもありました。

長く留守にできなくなり、趣味の
一泊以上の旅行も行けなくなりました。

家で一人でいると認知機能低下が進む
のではと、昨年秋に介護認定を受けて
要支援1になりました。

気分転換できればと、12月からは
ちょっと運動できる半日のデイサービスを
利用することになり、2回ほど行きました。

あと、いつか母にショートステイを
利用してもらって、たまにでいいから
旅行に行きたいと母とケアマネさんに
話しました。

母は、その時は納得してくれたようでした
が、その後、知らない所に泊まるのは嫌だ、
家でわんこと過ごすのがいいと。

そして、デイサービスも嫌、と言い出す
ようになりました。週一、半日だけの
気分転換と伝えても、家にいたいと。

母の想いも尊重したい。
でも、私も自分の人生を生きたい。

けれど、今まで好きなように
生きさせてもらったから…
とも考えてしまいます。

私も心身共に好不調があり、
母のこともあると自分を保つのが
心配になります。

母とわんことの3人の暮らし自体は
幸せなので、できれば変えたくないです。

今後、母とどのように関わるのが
お互いのためなのか、ご相談したいです。

【A】「私はひどい娘なんです」
こうめさんの相談文には、
何度もこの言葉が出てきます。

でも、この言葉とはまったく違う印象が
私には伝わってきます。

それは、ここまでお母さんのことを
思い続けてきたからこそ、
今の苦しさがあるということです。

長い年月をかけて積み重なった、
愛情と感謝、そして罪悪感。

親を大切にしたい気持ちと、
自分の人生も生きたいという思い。

その間で揺れるのは、
とても人間的で自然なことです。

大切なのは、
「親不孝かどうか」を裁くことではなく、
距離が近くなりすぎたことで
双方の不安が増幅していないか
という視点です。

支えることと、すべてを引き受けること
は同じではありません。

動画の中では、

「いい介護・いい支えとは何か」
「支える側が先に整うことの大切さ」
「自分の人生を生きることと、
 母を大切にすることは対立しない」

などについて、お話ししています。

ショートステイやデイサービスは、
冷たさではなく“思いやりの形”。

そして、こうめさんが自分の時間を持つことは、
結果的にお母さんの安心にも
つながっていきます。

ぜひ続きはビデオをご覧くださいね……

ーーー

★あなたが今抱えている『悩み』を
お聞かせください。
ご相談はこちらのフォームから。

https://business.form-mailer.jp/fms/99a39ced23382


こちらからYouTubeチャンネルに登録すれば
新しいVideoを見逃すことなくご覧になれます。↓
https://www.youtube.com/user/kawabatanobuko

ーーー

【川畑のぶこからのプレゼント!】

★「ココロの学校」LINE公式アカウントに
ご登録いただいた方に、川畑のぶこからの
2大プレゼントを差し上げています!

詳しくはこちらをご覧ください♪

【LINE登録】いただいた方への スペシャルプレゼント!

 

International,Human,Rights,Day,Concept:,Business,Woman,Standing,Between,Climate

【Q】入信している新興宗教について
の悩みです。

私はいわゆる「宗教2世」です。

幼い頃は親の刷り込みにより、
熱心に活動することが正しいと
思い込んでいましたが、

やらなければならないことや
逆に様々な制限などがあり、
宗教に対しても熱心な親に対しても
疑問を感じることが多くなってきました。

高校生になってからは、
反抗心からほとんどの活動をせず、
そのまま大人になりました。

結婚して実家を出てからは、
親からも宗教団体からも
活動の勧誘や訪問もなくなりました。

解放された喜びを感じてはいますが、
決して脱会したわけではありません。

「うまく逃げているだけ」という
思いがあり、いまだに縛られている
気持ちになります。

子どもも成長し、50代が見えてきた今、
どこかに自分の一部をとらわれている
ような感覚から完全に抜け出し、
本当の自分になりたいのです。

でも、実際に脱会について
調べていくと同時に、

「高齢の両親はどんな反応をするだろうか」
「私が原因で心を病まないだろうか」
「親が会員から責められるのではないか」

など、親に対する不安が生まれ、
躊躇しています。

また、私には兄がいて、彼は
ほどほどに宗教活動しているのですが、

最近、彼から
「辞めるなら親の死後にしてくれ」
と冗談っぽく言われたこともあり、
決意が揺らいでいます。

ちなみに、
夫と中2の長女には相談しており、
2人とも私の決意を応援してくれています。

時々、不安な日には
「『自分には味方がいる』という安心感
さえあれば、わざわざ脱会して
波風立てることもないか…」
と逃げ腰になったり、

「いや、それでも自分の人生は自分で
決めたい!」と奮起したりと、
気持ちが行ったり来たりしています。

こんな状況ですが、何かアドバイス
をいただけますでしょうか。
よろしくお願いいたします。

【とうこ・40代・女性・パート・大阪府】

【A】とうこさん、ご自身の
心の揺れを丁寧に言葉にしてくださり
ありがとうございます。

「自分の人生を生きたい」という
強い思いと、「親を傷つけたくない」
という優しさ。

その両方を大切にしているからこそ
の苦しみですね。

宗教2世の方は、幼い頃から
「自分の気持ちよりも組織や親を
優先すること」を学ばされてきた方
が多いと思います。

だからこそ、「自分で決めたい」と
思えている今のとうこさんは
すでに大きな変化を起こされており、
ご自身の人生の大きな一歩を
歩き始めています。

まず、「脱会するかどうか」は
とうこさんにとって、ゴールではなく、
あくまでもプロセスであることを
忘れないでください。

「完全に抜け出したい」というお気持ち、
すぐに整理したいお気持ちは
よく分かりますし、当然の感情と思います。

ただ、脱会という行動は
あくまでひとつの形態であって、
本当のゴールは、とうこさんが
ご自身の人生を自分の価値観で
生きることです。

つまり、宗教から形式的に抜けても、
心の中に恐れが残ることがあっては
目的は達成できないことになります。

逆に、形式上籍が残っていても
心はすでに自由であれば、
必要なプロセスを踏めていることに
なります。

ですから、「今すぐ決断して
白黒ハッキリさせなければならない」
と焦らなくても大丈夫です。

心の自由が少しずつ広がっていく
過程こそが大事です。

また、親を想う気持ちは「優しさ」
であって「義務」ではありません。

とうこさんは、きっと、
親が責められるのではないかとか、
親の心身に影響が出るのではないかと
心配されていることと思います。

これは思いやりや優しさによるものです。

ここでひとつ忘れないで欲しい
大事な視点があります。

それは、
親の信仰は、親自身の選択である。
ということです。

とうこさんの選択が、親の人生や感情
をすべて左右するわけではありません。

親が何を信じ、どう感じ、
どう受け止めるかは、親の課題であり、
とうこさんには
どうすることもできません。

「自分が親を苦しめてしまうかも
しれない」という思いは、
幼少期から刷り込まれた責任感の
錯覚であることが多いのです。

また、お兄さんの言葉も、あくまで
お兄さんの立場からの願いであり、

「辞めるなら親の死後にしてくれ」
という言葉は、お兄さん自身が
親と宗教の板挟みにあるから
出てくる言葉で、お兄さん自身の
苦しみも感じられるものです。

でもそれは、とうこさんの
人生の優先順位を決める権利とは
別のものです。

とうこさんが、自分の人生を
どの時点で切り替えるかは、
とうこさんだけの選択です。

宗教2世の方が一番怖いのは、
「家族も組織も失うのでは」という
孤独感が生まれてくることです。

でも、とうこさんには応援して
くれる夫と娘さんがいます。

つまり、とうこさんは
もう孤立していません。

家族が味方であるということは、
とても大きな支えです。

とうこさんにはすでに新しい
安心できる居場所があり、
未来のためにも守るべきは
こちらでしょう。

もちろん、すぐ脱会しなくても
「自由に生きる練習」はできます。

脱会は大きな決断ですが、
その前にスモールステップで
できることがたくさんあります。

たとえば、

・宗教行事や役割を、
 無理のない範囲で減らしていく

・宗教以外の人間関係や学びを増やす

・「自分の価値観で選ぶ体験」を重ねる

・日記やメモで、
 自分の本当の気持ちを言葉にする

これらはすべて、心の脱会であり、
精神的な独立のプロセスです。

形式的な脱会のタイミングは、
これらのステップを踏んで、
覚悟が整ったときでも遅くありません。

これは決して逃げではなく、
家族と自分を守るための戦略です。

今はまだ、親への罪悪感や
長年の刷り込みによる組織への恐れ
などが残っている状態だと思いますが、

自然なことですから、迷っている
ご自身を否定することなく、
必要な時間をかけてあげてください。

そして、「いつ辞めるか」ではなく
「どう自分の人生を取り戻していくか」
に意識を向けてみてください。

次の問いは助けになるかもしれません。

・私は、何のために脱会したいのだろう?

・私は、どんな人生を生きたいのだろう?

・宗教がなくなったら、
 どんな自分でいたいだろう?

・私は、何を信じて生きたいのだろう?

これらの答えが明確になるほど、
選択は自然に見えてきます。

とうこさんは、すでに
「自分の人生を自分で生きる扉の前」
に立っていらっしゃいます。

今は、無理に決断する時期ではなく
「自分を取り戻す準備期間」
ととらえ、焦らずに、

でもご自身の人生の主導権を
取り戻す歩みを、
少しずつ進めていってください。

そして何より、
「自分の人生を自分で決めたい」
と思っているとうこさんの気持ちは
尊いものです。

とうこさんの歩みを、
心から応援しています。

ー川畑のぶこ

       
        
ーーー

 
★あなたが今抱えている『悩み』をお聞かせください。
 毎週2件をピックアップし、
 月曜日(YouTube版)・水曜日(テキスト版)に
 配信のメルマガで、
 川畑のぶこが直接お答えします。

 ご相談はこちらから